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飢えが欲しい、渇きが欲しい│夢現無双

どうして、こうなってしまったのか?
モヤモヤと消化不良な後味が残る『夢現無双』。
複数回観ても、初めに感じた引っかかりが拭えません。

もちろん、生徒さんは素晴らしい働きをみせています。

剛勇無双を演じさせたら右に出るものはいない、無骨で不器用で、ひとすじな男っぷりを遺憾なく発揮した珠城りょう(宮本武蔵)。
原作のイメージそのまま、芯の強い一途な娘を好演した美園さくら(お通)。
武蔵の終生のライバルであり、心の拠りどころとして抜群の存在感を示した美弥るりか(佐々木小次郎)。
籠の鳥の悲哀と、一級の女の凄絶なまでの美を両立させた海乃美月(吉野太夫)。

他のキャストも申し分なく、どこをとっても安心して観ていられる舞台です。

飢えが欲しい、渇きが欲しい。


違和感の正体は、武蔵の描かれ方。
具体的には「千年杉」のエピソード。

お通が武蔵への愛を自覚し、武蔵が「けだもの」から「人間」に生まれ変わる大事な場面のはず。
なぜ、どうして、ああなってしまったのか?

千年杉に吊り下げられ、二日二晩。
ジリジリ焦げるような陽に焼かれ、吹き荒れる風に晒され、滝のような雨に打たれる。
命が尽きたら、木にぶら下がったまま鴉に目玉をえぐられる。

原作に描かれるのは、私刑にも似た沢庵(光月るう)の処罰。
「今日までの振舞は、無智から来ている生命知らずの蛮勇だ、人間の勇気ではない(略)怖いものの怖さをよく知っているのが人間の勇気であり、生命は惜しみいたわって珠とも抱き、そして、真の死所を得ることが、真の人間というものじゃ」

「くそ坊主!」「貴様を蹴殺してやる」
二丈(約6m)もの梢にぶら下げられてもなお、わめき、暴れ、牙をむく武蔵。
しかし、沢庵の真実の言葉が彼の心を揺さぶります。

「…沢庵坊、後生だ、助けてくれ」
沢庵への呼びかけが「くそ坊主」から「沢庵坊」へ変化していることにご注目ください。
武蔵の心にわずかながら他者を敬い慕う気持ちが芽生えているのです。

「俺は、今から生まれ直したい。……人間と生れたのは大きな使命をもって出て来たのだということがわかった。……そ、その生甲斐がわかったと思ったら、(略)……アア!取り返しのつかないことをした」

反省、そして命乞い。
それまで、他人の生命も己の生命も塵芥のごとく扱ってきた男の心に差す光。
それは、人間らしい「理性」であり、「愛」です。

「死にたくない。もう一ぺん生きてみたい。生きて、出直してみたいんだ」

もう武蔵はけだものではない。
「死」を恐れ、「意味ある生」を求める心が生まれた
人としての自我が芽生えたのです。

目覚めた武蔵の心は赤子のよう。
「WATER」という言葉を知ったヘレン・ケラーのように、武蔵の精神にパァッと輝く世界が広がったのではないかと思います。

人間らしく生きることへの渇望。
希望、夢、憧れ、幸福…
このシーンでは、そんな当たり前の欲を求める強い気持ち、ヒリヒリするような焦燥が欲しい。

もっと飢えが欲しい、もっと渇きが欲しいのです

お通の愛


しかし、劇中では沢庵に先んじてお通がやってきて、武蔵を木から下ろします。
「又八とお甲のことを聞かせて」とせがむお通に、「は?」と返す武蔵。

「は?」は、こっち(観客)の台詞です。

又八とお甲の関係を知りたいから武蔵を助ける。
これは断じて違います。

武蔵を愛したから救うのです。
なぜ、お通の台詞をこんなふうに改悪したのか。
このシーンで笑いが起きるたび、残念な気持ちになります。

みなしごのお通は決して愛に恵まれていたとはいえません。
又八の母・お杉に拾われ、食うには困らなくても、心は満たされていない。

誰かを欲する気持ちは寂しさと相性がいい。
村中から憎まれ、誰一人助ける者とてなく、千年杉にぶら下げられた武蔵。
武蔵の孤独に、お通の孤独が共鳴し、愛が生まれるのが「千年杉」のシーンなのです。

「武蔵の苦しみとともに自分も苦しみたい」
原作に描かれるお通の気持ちと、あまりにかけ離れた『夢現無双』。

「舞台と原作は別物」と言えば、そのとおりですが、いくらなんでもこれは酷い。
ヒロインがこんなふうに描かれて、観客の共感を呼べるでしょうか?
それでも、懸命に武蔵を慕うお通を形作ったさくらちゃんはよく演っていると思います。

※台詞はすべて新潮社・吉川英治著『宮本武蔵』より抜粋

珠城りょうの男役


木から下りた武蔵のもとに沢庵が現れます。
武蔵を諭し、首を落とすかと思いきや…
電光石火、もとどりを切り落とす。
ざんばら髪になった武蔵。

木の上下で問答を交わすより、演出としてのインパクトは大きいでしょう。

しかし、これではあまりに受け身に過ぎます。
「諭される」のと「自ら悟る」のでは雲泥の差。

殺される前に殺す。
無造作に無慈悲に生命を奪ってきた武蔵。
乱世では当たり前のこととは言え、あまりに容赦がない武蔵の剣。
追われながら、飛ぶ鳥を石つぶてで打ち落とし、引き裂いて、血のしたたるまま貪り食らう悪鬼のような男。

そんなけだものの心が、他者の言葉ひとつで動くでしょうか?
生まれ変わりたいという欲が湧いたのに、体は千年杉に縛りつけられたまま。
身じろぎもできず、飢えて渇いて、死を待つばかり。
「死にたくない」
「生きて、出直したい」
喉から手が出るほど生きたいと願い、今までの自分を反省したからこそ、原作では沢庵の言葉が効いたのです。

極限状態で腹の底まで落とし込まれた言葉。
だからこそ、武蔵の心は底からひっくり返ったのです。

体が自由な(命の心配がない)状態で「俺は強い!」と土を掻いたところで、木に縛りつけられていたときとは切羽詰まりようが違います。

深い谷底から、遥かな頂きへ。
武芸者・宮本武蔵の成長こそ、吉川英治が書いた『宮本武蔵』のテーマでしょう。

その落差が大きければ大きいほど、読者(観客)はカタルシスを得られる。
しかし、『夢現無双』は平坦な印象なのが残念です。

珠様(珠城)の形作る男役の味は、粘り気を伴った熱く暗く重く湿った情念にある、と考える私。
そこに独自の男役の色気が生まれる。
汗と垢と泥にまみれ、飢えた瞳をギラつかせる青年武蔵はまさに適役。

決して「宝塚的」なヒーロー像ではありませんが、武蔵の成長をより深く印象づけるのであれば、原作に沿った構成でも良かったのではないでしょうか?

天命を帯びて生まれ変わり、その道を邁進する愚直なまでの明るさ、真っ直ぐさもまた珠様の男役の魅力。
どん底から高みへと登る武蔵の姿は、きっと宝塚ファンの心を捉えたと思います。

中途半端に口当たり良く仕立てる必要はありません。
もっと生徒と観客を信じてください。

原作物が増え、宝塚の枠からはみ出すかと思われる作品が多く上演されるようになった昨今。
元の作品をいかにタカラヅカナイズし、観客を納得させうる舞台に仕上げていくか。
今後の課題です。
その難しさを感じた『夢現無双』でした。

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コメント

No title

私は、NHKの大河ドラマや、その他のメディアで、何となく仕入れた知識の寄せ集めで、武蔵と小次郎の外見的な雰囲気や、決闘のエピソードのいくつかは知っていました。

長い原作の場合、舞台化されるときに、どうしても、切り貼りされてしまい、かえって、舞台を楽しめないこともあったりしたので、〈天は赤い河のほとりも、そうでした)
原作は未読で、この作品を観劇しました。

この記事を読ませて頂き、千年杉から武蔵を降したのが、お通だったという事に、違和感を覚えていたのですが、やはり、そうだったのか…と、とても納得しました。

そして、仰る通り、木の上のその極限の中で、自らの激しい希求によって、武蔵の根底からの変化があったという方が、はるかにこのシーンで、観客と武蔵を強く結びつけただろうと、思います。

珠様は、腕っぷしは強いけど、強くなくても、優しい子になっておくれという、母の願いを、実はいつも心の一番奥に持ち続け、でも実際はそうなれない自分に対して、自分でもどうする事も出来ない怒りをたぎらせているような武蔵に見えました。

そんな心根の優しさの方がにじむ武蔵であるために、その成長や、変化が見えにくくなってしまっているのは確かだと思います。

舞台化するうえで、原作の取捨選択は、不可避だと思いますが、役の根本を買えてしまう様な改変は、やはり、熟慮して頂きたかったですね。

Re: No title

haruse様、コメントありがとうございます。

『天は赤い河のほとり』は予備知識なしで観たためか、それなりに楽しめました。
スピード感がありすぎて、今のはどういうこと?となるシーンもありましたが…

原作に愛着があるとかえって舞台を楽しめなくなるのは「あるある」ですね。

原作でも千年杉から武蔵を下ろすのはお通なのですが、その過程がまったく違うんです。

沢庵の言葉を聞いて改心するも、木から下ろしてはもらえず、死を待つばかりだったところを、お通が助けに来てくれるのです。
順番が逆なのですよね。

haruse様の仰る通り、武蔵の優しさやぬくもりが際立つ描かれ方でしたね。
そのぶん、壬生源次郎殺害を皮切りとした74人斬りに結びつきにくいと言うか…
そのような修羅と背負うような男には思えないのですよね。

いまいち宝塚版武蔵の人格がつかみにくいのが違和感の源かと思います。

変に宝塚ファンにおもねらなくても良かったのではないかと思います。
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プロフィール

野口 留香 noctiluca

Author:野口 留香 noctiluca
宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
宝塚歌劇観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。

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