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蘇我入鹿(華形ひかる)と中大兄皇子(瀬央ゆりあ)の2つの「なぜ?」―『鎌足』ストーリー予想第3弾

古代史のなかでも飛鳥・奈良時代が格別に好きな私。
もちろん宝塚歌劇も大好き。
なので、ふたつのコラボ『鎌足―夢のまほろば、大和し美し―』は、どストライク!

まだ配役発表段階だというのに、あれこれ考えてはワクワクしています。
というわけで、ストーリー予想第3弾!鎌足、与志古娘編に続き、入鹿+中大兄皇子編です。

紅ゆずるの中臣鎌足―生田大和は藤原氏1200年の繁栄の礎を築いた男をどう描くか?│鎌足
入鹿の妹そっくりさん(綺咲愛里)はどこへ消えた?―「鎌足のあらすじが別物になっちゃったよ事件」

入鹿は、なぜ変わってしまったのか?


公演解説(あらすじ)に、中臣鎌足(紅ゆずる)と蘇我入鹿(華形ひかる)が袂を分かつ原因となったエピソードがあります。

父・蝦夷より大臣の位を継いだ入鹿は、即位したばかりの皇極天皇に仕える事となる。夫を亡くしたばかりの皇極天皇を傍近くで支えるうち、若き入鹿の抱いていた「理想」は揺らぎ始める。
入鹿は変わってしまった。共に描いた理想の為、そして己の志の為、鎌足は皇極天皇の子・中大兄皇子に近づいていくが…[公式サイトより抜粋]


「入鹿は変わってしまった」。
原因は何か?

それは「恋」です。
皇極天皇(有沙瞳)への思慕の念が、入鹿の「理想」をぐらつかせた。

594年生まれの宝皇女が皇極天皇として即位したのは642年。
50代に差しかかる頃ですが、親子ほど年の離れた入鹿を魅了するに十分な女性だったと思われます。

前回の記事でも紹介した藤原氏の家伝には「寵幸近臣宗我鞍作」の記述があります。
「宗我鞍作」は蘇我入鹿、「寵幸」は特別に可愛がられたり、寵愛されること。

思い切った言い方をすれば、皇極天皇の魅力に若い入鹿が揺らいでしまったのですね。
「理想」と「恋」を天秤にかけた入鹿の心は、「恋」に傾いた。

互いの才を認め合い、来たる「自分たちの時代」の理想を語り、兄弟にも似た友情を育んできた友の心変わり。
失望した鎌足は皇極天皇の子・中大兄皇子(瀬央ゆりあ)に近づいていく。

そこで、かの有名な蹴鞠のエピソードが登場するわけです。
中大兄皇子が鞠を蹴ろうとして飛ばした沓(くつ)を鎌足が拾って差し出す。
これをきっかけに急速に親しくなるふたり。

「打倒入鹿」という共通の目的を掲げる鎌足と中大兄皇子。
645年5月、現在の奈良県桜井市南部にある山「多武峰(とうのみね)」で、入鹿征伐の密談を交わします。
多武峰はのちに「談山(かたらいやま)」と呼ばれ、鎌足を祀る「談山神社」の名の起こりとなりました。

その談山神社に伝わる『多武峯縁起絵巻』に入鹿暗殺の図があります。
絹本 多武峯縁起絵巻 上巻之二(リンク付) の第16章をご覧ください。

「入鹿首飛咋付御簾」の文字と共に、胴体から離れた入鹿の首が御簾(みす)に食らいつくさまが生々しく描かれています。
(「咋」は「食う。食らう。噛む」の意味)

御簾の向こうで驚き、顔をそむけている女性が皇極天皇。

切り落とされた首の断面から勢いよく噴き出す血潮。
見開いた目、ガッキリと御簾に食いつく歯。

首だけになろうとも、最期は愛しい人のそばに。
凄まじい妄執です。
これが「恋」でなくて何でしょう?

宝塚の舞台でどのように描かれるか分かりませんが、芝居巧者のみつるさん(華形)とくらっち(有沙)の腕の見せどころ。
サラリと流して欲しくはない場面です。

ちなみに、絵の中で弓矢を携えているのが鎌足、刀を振りかぶっているのが中大兄皇子ですね。
他の2人は海犬養連勝麻呂(桃堂純)か佐伯連子麻呂(湊璃飛)か葛城稚犬養連網田(朱紫令真)。

中大兄皇子は、なぜ入鹿を排除しようとしたか?


あらすじではやや存在が希薄に思える中大兄皇子。
しかし、物語のメインは入鹿が征伐される「乙巳の変」後と思いますので、あらすじはほんの導入部だと思って差し支えないでしょう。

中大兄皇子は、なぜ入鹿を排除しようとしたのか?

舒明天皇と宝皇女(皇極天皇)の間に生まれた中大兄皇子。
「大兄」とは皇位継承権を持つ男子という意味ですね。

「大兄」がつく皇子は他にふたり。
img-20190403_2.jpg
ひとりは、蒼舞咲歩さん演じる古人大兄皇子。
中大兄皇子の異母兄で、その母は蘇我馬子の娘・法提郎女(ほほてのいらつめ)。
つまり、古人大兄皇子と入鹿は従兄弟同士の関係となります。

もうひとりは、ひろ香祐さんの山背大兄皇子。
こちらの母も馬子の娘・刀自古郎女(とじこのいらつめ)ですので、入鹿の従兄弟となります。
山背大兄皇子の父は聖徳太子。

聖徳太子の父は馬子の姉妹・堅塩媛(きたしひめ)の息子、用明天皇。
母は同じく馬子の姉妹・小姉君(おあねぎみ)の娘、穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとこうごう)。
入鹿の父は馬子の息子・蝦夷(輝咲玲央)ですから、山背大兄皇子と蘇我氏の結びつきは非常に強いと言えるでしょう。

3人の大兄のうち、2人までが「蘇我腹」であることにご注目ください。
図中の薄緑のエリアが蘇我氏、薄茶が朝廷側。

蘇我氏の閨閥政治により、朝廷側がジリジリと侵食されているのがお分かりになるかと思います。
この状況に危機感を抱いたのが、中大兄皇子の行動の動機だと推察します。

そして…
「歳月は流れ、蘇我氏の長となり朝廷内における権力を増していった入鹿の、その横暴な振る舞いはもはや看過できないものとなっていた(変更前の公演解説より)」

古人大兄皇子を皇極天皇の次期天皇に擁立しようと画策する入鹿。
そのため有力な皇位継承資格者である山背大兄皇子を襲撃します(643年)。

この事件が引き金となり、645年6月に「乙巳の変」が起きました。
『多武峯縁起絵巻』に描かれたように、皇極天皇の目前でクーデターが敢行されたのです。

12日、中大兄皇子と中臣鎌足による入鹿殺害。
13日、蝦夷が邸に火を放って自害し、蘇我本宗家は滅亡。
14日、皇極天皇が弟の軽皇子(天路そら)に譲位し、孝徳天皇が誕生。

その後、中大兄の命により古人大兄皇子も殺害されます。
図にはありませんが、のちの658年に孝徳天皇の子・有間皇子(如月蓮)も中大兄皇子への謀反の疑いで処刑されます。

血みどろの争いVSお花畑―ストーリーはどちらに展開するか?


死屍累々の上に築かれた「大化の改新」。

ただし、これらの故事の根拠はすべて歴史の勝者の記録によるもの。
敗者の言い分は残されていない。

だからこそ、ポスターのキャッチコピー「人は生きる。歴史は、作られる。」が重くのしかかってくるのです。

とはいえ、メインヴィジュアルの紅あーを見る限り、血なまぐさい感じではないのですよね。
日付の□部分(5.5 Sun.□5.13 Mon.)の手をつないで走る紅あーのシルエットにいたっては背景にお花畑が見えます。
「アハハ~~♪ウフフ~~♪」な感じ。

血みどろVSお花畑。
物語がどっちへ転ぶか、MY初日を楽しみに待つとします。

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宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
宝塚歌劇観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。
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