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愛の難破船、ヴェロニカ(英真なおき)―すべては揺るぎない土台あってこそ│霧深きエルベのほとり

平成エルベを成功に導いた功労者、専科のお二人。
前回のヒロさん(一樹千尋)に続き、ハンブルグの酒場プローストの看板娘ヴェロニカを演じたジュンコさん(英真なおき)について。
父権社会の権化―ヨゼフ・シュラック(一樹千尋)のパターナリズム│霧深きエルベのほとり

愛の難破船、ヴェロニカ


海に出たまま帰らぬ夫を20年以上待ち続けるヴェロニカ。
どんな想いで日々を過ごしていたのか?

彼女の台詞にヒントがあります。
プロローグ(ビア祭)の「あたしの昔の亭主に似てる」。
ビア祭最終日の夜の「あたしの昔の亭主に似てるねえ」。

ほぼ同じふたつの言葉。
どちらもカール(紅ゆずる)に向けられたものです。

夫は生きているのか、死んでいるのか。

帰港予定日を過ぎても帰ってこない夫。
一日や二日の遅れならばともかく、一週間が一ヶ月になり、一年になり…
何の音沙汰もなかったとしたら?

こんなに辛いことはありません。
寂しくて、悲しくて、不安で、気も狂わんばかりだったでしょう。
ヴェロニカが幾度眠れぬ夜を過ごしたか。
考えるだけで胸が痛くなります。

何か手がかりはないか?
誰か夫の消息を知る人はいないか?
できることなら世界中の港を回って夫の行方を確かめたい。

いっそもう、この世の者でないなら、それはそれで良いのです。
諦めがつきますから。
『浅茅が宿』ではありませんが、愛する人の生死が分からないのが最も始末が悪い。

消えた男を忘れるには、新しい男を作るのが一番ですが、そうはせず待ち続ける。
一途で深く悲しい愛です。

やがて時は流れ…
よもや夫が帰ってくるとは彼女自身信じてはいないでしょう。
しかし、一縷の望みを捨てていないことは明らかです。

もしかして、自分が待つ港へ帰ってきてくれるかもしれない。

わずかな希望を胸にひたすら待ち続けるヴェロニカの心は、帰る港を見失い、永遠に海を漂う小舟のような頼りなさです。

これならば、愛する女を手酷く打ち捨て、すっぱり諦めさせたカールの方がまだ誠実です。
未練ほど厄介なものはありません。

「あたしの昔の亭主に似てる」
カールが本当に似ていたのかは分かりません。
ヴェロニカにとって「いい男」は誰でも「昔の亭主に似た男」なのかもしれません。

すべては揺るぎない土台あってこそ


この記事を書きながら初めて気づいたのですが、ヴェロニカは物語の最初と最後にしか登場しないのですね。
なのに凄いインパクト。

ロンバルト夫妻もですが、短い登場シーンで鮮やかな存在感を示す生徒さんの多いこと。
優れた演技で作品の土台を固める役者がいてこそ、作品全体が上向くのです。

ビア祭り最終夜、カールがヴェロニカにすがって本音を吐露するシーンは『霧深きエルベのほとり』のハイライトです。

カールは本当に酔っていたのか?
それとも、酔ったふりをしていただけなのか?

これは後者だと思います。
この夜は、どれだけ飲んでも酔えなかったでしょう。
飲んでも飲んでも酔えない苦い酒。

「幸福(しあわせ)に幸福に暮らせよ、なあ、幸福になれよマルギット!幸福になれマルギット、幸福になれ、幸福になれ、幸福に…マルギット…マルギット…」

ただただ愛する人の名前を呼び、幸福になれと繰り返す。
不器用で飾りがないだけに、想いの深さが際立つ言葉。
真摯な響きに胸を打たれます。

心からの愛、心からの願い。
ただ愛する人に幸せになって欲しいと望む心。

紅さんの張り裂けるような叫びに、何度も貰い泣きしました。

女は港、かりそめの恋人、かりそめのお母さん


「ヴェロニカ、あんたを、マルギットって呼んでもいいか」
「いいよ、呼んでみな」
昔の亭主に似た男に言い寄られる。
悪い気はしないでしょう。

ほんの軽いいたずら心で引き受けた身代わり。
一瞬、昔を取り戻したような華やいだ気持ちもあったかもしれません。

しかし、そんな甘い夢はすぐさま破られます。
「俺あ、ほんとうはねえ、お前が好きで好きでたまらねんだよぉ」
酔っぱらいの戯言とは思えぬ、真に迫ったささやき。
ヴェロニカの顔から世をすねたような笑みが消え、怪訝な表情が浮かびます。

「お前のためなら死んでもいいと思ってるんだよ」
切々と掻き口説くカールの言葉に、ヴェロニカの顔色が見る見る変わっていくのですね。

カールの目の前には本当にマルギット(綺咲愛里)がいて、彼女へ思いの丈を伝えているのです。
その目はヴェロニカを見てはいず、ただ中空に浮かぶ愛する人の幻を追っている。

カールの想いが存外、真摯なものだったと気づいたときのヴェロニカが見せるなんとも言えない表情。

憐れむような、愛おしむような。
永遠に愛を失った者同士、カールの内に自分の姿を見たのでしょうか?

カールは客席に背を向けている。
しかし、観客はヴェロニカの表情の変化で、カールの心を読み取ることができる。

芝居とは少なからず、「こうあって欲しい」と思いながら展開を見守るものです。
しかし、その意識が消え、ただ登場人物の心に寄り添い、彼らの想いを共有するだけの境地に至ることがあります。
役の人生を共に生きるような、自分が透明になって舞台と一体化するような、そんな幸福な瞬間。
このシーンがまさにそう。

ままならぬことをすべて飲み込み、黙ってカールの背中をさすり、あやすように優しく語りかける。
幼子を包み込む母にも似た深い愛。

物語冒頭で「女は港さ、かりそめの恋人、かりそめのお母さん」と歌うヴェロニカ。
まさに、このシーンではカールを優しく迎える港になり、マルギットの身代わりとしてかりそめの恋人となり、温かく包み込むかりそめのお母さんとなったのです。

泣きそう、というか、泣きました。
ジュンコさんの膝のぬくもりが伝わってくるようで。

平成エルベのヴェロニカがジュンコさんで良かった。
ジュンコさんのヴェロニカが観られて良かった。
心よりそう思います。

一筋に道を定めた方の輝き。
若い枝にはない花実が咲くこともあるでしょう。
専科の存在意義と有り難みを再確認した公演でした。

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野口 留香 noctiluca

Author:野口 留香 noctiluca
宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
宝塚歌劇観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。
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