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アンゼリカ(音波みのり)について―諍い果てての契り、「嘘」が取り持つ夫婦の縁│霧深きエルベのほとり

『エルベ』冒頭の「鴎の歌」は一体誰への呼びかけなのでしょう?

『Le CINQ』を読むまでは、ラストシーンの回想と思っていた私。
つまり、別れし人=マルギット(綺咲愛里)。

しかし、ト書きには「帰りの航路」「やがて帰り着くハンブルグの港を想い、故郷のエルベを想って歌っている」とあります。
するとこれはマルギットと出会う前、かつての恋人アンゼリカ(音波みのり)と別れた後のシーンなのでしょうか?

時制が曖昧でなんとも言い難いですが、やはりこれは最終シーンからリワインドした「鴎の歌」だと思いますね。
理由はありません。
ただ感覚的に、そう思いたい。

マルギットと出会う前のカールの心がアンゼリカのものだったとしても、最初の「我が心 いまも 君を愛す」が彼女へ向けられるのは、作劇的にもしっくりきません。

物語の主軸はあくまでカールとマルギット。
アンゼリカとの恋は過去であり、ストーリーに彩りを添えるエッセンスに過ぎないのです。

いずれにせよ、アンゼリカはカールの心を深くとらえた女性のひとり。
今回は『エルベ』第二のヒロインとも言うべき、アンゼリカについて考えます。

優しい嘘をつく女、アンゼリカ


好きなシーンはたくさんありますが、なかでもシュラック家を飛び出したカールとの会話が好き。

「アンゼリカ、なぜ放っといてくれねえんだ!いつもの俺なら、何を言われてもヘラヘラと笑ってらあな」
「だが今夜の俺は、あんまりからかわれると、悲しくなるんだよ」

心にもない別れをマルギットに切り出し、男泣きに泣くカール。
悪ぶって、強がって…
でも、アンゼリカの前ではつい本音があふれてしまう。
マルギットの前ではかろうじて保っていた「男のやせ我慢」がもろくも崩れ落ちる。

マルギットが深く分け入ろうとしなかったカールの心の奥底に触れた女。
情を解し、男の甘えをしっかり受け止められる、成熟した女。

「主人には、忘れ物をしたと」
その場しのぎの嘘です。
しかし、愛の痛みを知っているからこそ、優しい嘘をつく。
それがアンゼリカなのです。

「アンゼリカ、気にするなよ。お前が幸福ならそれでいいんだ」
「だからよう、旦那に可愛がってもらって、幸福に暮らせよ」

ベニーさん(紅)の切なくも優しい強がりが、観客の胸をえぐります。
ヴェロニカ(英真なおき)の膝にすがって泣く「幸福になれ、幸福になれ」と共に、出色の名台詞・名場面ですね。

この辺の台詞はすべて初演から変わらないのでしょうか?

CSで1983年の花組公演が放送されますので、是非観比べたいものです。
主な出演者は順みつきさん、若葉ひろみさん、平みちさん。
潤色・演出は柴田侑宏先生。
タカラヅカ・スカイ・ステージ 番組詳細│霧深きエルベのほとり(’83年花組・宝塚)
4月15日(月)0:30と23日(火)19:30の2回です。
お見逃しなく!

アンゼリカの出自を探る


アンゼリカの出自は不明ですが、二通りのパターンが考えられます。
ひとつは、労働者階級のカールと恋愛関係にあったことから「中産階級以下の出」。
もうひとつは、「没落した名家の出」。

当初、一番目だと考えていた私。
一文字違いで意味深に…輝咲ロンバルトと音波アンゼリカを結ぶ「赤い糸」│霧深きエルベのほとり

しかし、舞台を何度か観るうちに考えが変わりました。
二番目の、「家柄は良いが金はない、没落した家の娘」なのではないか、と。

根拠はアンゼリカの佇まいの美しさ。
カールの妹ベティ(水乃ゆり)の垢抜けなさ、酒場の女たちの蓮っ葉な身ごなしと比べれば明らか。
彼女らはドタドタ、ぐずぐず、ぶらぶら…とかく無駄な動きが多いのです。

立ち居振る舞いは一朝一夕で身につくものではありません。
もちろん、きちんとしつけられた中産階級の娘である可能性は捨てきれません。

しかし、二番目の説を裏付ける理由がもうひとつあります。
湖のレストランのシーンに注目してみましょう。

ロンバルト(輝咲玲央)にリードされ、優雅に踊りながら姿を現すアンゼリカ。
やがて音楽は止み、マインラート夫妻との会話に花が咲く。
夫は夫同士、妻は妻同士。

ごく自然に物怖じせず、上流階級のお歴々のドン(?)マインラート夫人(白妙なつ)と笑顔で世間話ができる。
これは重要なポイントです。

うろんな人間を「何処の馬の骨」と言ってはばからないマインラート夫人。
特権階級意識の強い彼女がアンゼリカを認め、社交界の一員として受け入れている。

少なくともアンゼリカは生まれ卑しき「馬の骨」ではないようです。
(夫であるロンバルトへの忖度で、表面的に親しく見せているだけかもしれませんが)

社会の急速な変化により財を失い、娘を金持ちの家にやらざるを得なかった、アンゼリカの親。
十分に考えられることです。
激動の1930年代―『エルベ』の時代背景と、登場人物たちのその後│霧深きエルベのほとり

ロンバルトは妻の過去を知っていたか?


アンゼリカとロンバルトの出会いも気になりますが、これは単なる家同士の結びつきでしょう。
そこにアンゼリカの意志はなかった。
ふたりの年齢差を考えると、ロンバルトは早くに妻を亡くした寡夫(K様説)であった可能性もあります。

恋人(カール)に何も告げず、お嫁に行ったアンゼリカ。
もしかしたら、彼女の親によって連絡を絶たれていたのかもしれません。

さて、ロンバルトはアンゼリカとカールの関係を承知の上で、彼女を妻に迎えたのでしょうか?
それとも結婚後に妻の過去を知ったのか?

これは後者だと思います。
「知った」というより「気づいた」。
自分が妻の初めての男でないことは、結婚後すぐに悟ったでしょう。

しかし、ロンバルトが妻を問いただしたり、責めたりする姿は想像できません。
過去は過去。
煮え立つ想いはそっと胸に秘め、妻と新しい愛を育むことに専念した。
あの湖のレストランでカールと出会うまでは…

アンゼリカの、夫への想いは?


一方、アンゼリカは?
始まりは恋人と引き裂かれ、親の言いなりで一緒になった夫であったかもしれません。
しかし、寝起きを共にし、こまやかな情愛を注がれれば、自然と気持ちもほどけるでしょう。

「惚れ合っていれば、それでいい」とは別な形をした愛。
静かに優しく、支え守られる愛。

たとえ過去の恋人のことで、夫に対して罪悪感を抱いていたとしても、いつしか消え失せていたでしょう。
あの湖のレストランでカールと出会うまでは…

カールの登場は、静かな水面に投げ込まれた石です。
おだやかに凪いでいたロンバルト夫妻の関係に波紋を巻き起こす一石。

しかし、もしかしたらそれまでどこかよそよそしく遠慮がちだった夫婦の関係を改めるきっかけになったのではないか、という気もします。

諍い果てての契り―「嘘」が取り持つ夫婦の縁


「忘れ物をした」の他にもうふたつ。
意図的な嘘があります。

「パーティーは遠慮しても構わんのだよ」
―いいえ、なんでもありませんわ。
「忘れ物は見つかったのかね」
―ええ、シガレットケース。

下手な嘘です。
ロンバルトは何もかもお見通しでしょう。

なんでもないわけはないだろう。
本当の忘れ物はシガレットケースではないだろう。

しかし、アンゼリカの嘘は自分を傷つけないための方便とロンバルトは知っている。
―なんでもありません。
―カールが私とあなたの間に入り込むことはありません。
―過ぎたことです。

「よかった」
アンゼリカの言外のメッセージは確かにロンバルトの心に届いたのです。
だから、妻の言葉を信じ、黙って受け入れる。

騒動は終わり、いつものレストランで食事をする。
諍い果てての契り。
心のつかえが取れた夫婦は、今度こそしっかりと互いに向き合う。

「旦那に可愛がってもらって、幸福に暮らせよ」とのカールの願いは叶ったのです。

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野口 留香 noctiluca

Author:野口 留香 noctiluca
宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
宝塚歌劇観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。
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