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「キャシー、君は美しい」―美園さくらさんについて│雨に唄えば

「やるんだ、キャシー」

恋人からの信じがたい言葉。
吹き替えを続けろ。
大女優リナを守るために歌え。

なぜ?どうして?
そんな酷いことを言うの?
私のキャリアはどうなるの?
なによりも…
私たち愛し合っているんじゃなかったの?
あなたは私との関係よりも、自分の立場が大切なの?

突然の裏切り。
キャシーの衝撃、絶望はいかほどだったでしょう?

「いいわ、歌うわ。でも、あなたとはもう会わない。スクリーンの中でも外でもね」
涙をこらえ、絞り出すような声で気丈に告げるキャシー。

このシーンは観ている私の胸も潰れそうでした。
キャシーの悲しみ、やり切れなさ、無力感。
目の前が暗くなるような、足元にぽっかり開いた底知れぬ穴に吸い込まれそうな心持ち。
彼女の胸の内が痛いほどに伝わってきました。

緞帳に隠れ、リナの代わりに歌う「SINGIN' IN THE RAIN」。
しかし、観客の耳に届くのは、動揺など微塵も感じさせない軽やかに弾む声。
明るく澄んで楽しげな、雲間から覗く青空を思わせる晴れやかさ。

この瞬間、キャシーの心が強く、大きく変わったのが感じられました。

もし彼女が感情に振り回されて、涙に震える声で歌っていたら?
あまつさえ、「替え玉なんてできない!」とその場を放り出していたら?

理由はどうあれ、キャシーはプロとして自分の役割を果たしたのです。
そこにはドンへの想いの欠片もあったでしょう。
これが私からあなたへの最初で最後の贈り物よ、と。

しかし、それ以上に強くあったのは自分自身への矜持ではないでしょうか。
「与えられた仕事はきちんとやり遂げてみせる」

そこにはかつて仕事の場で大スターにパイをぶつけようとした癇癪持ちな女の子の面影はありません。
恋を失い、せっかく掴みかけた成功のチャンスを失いそうになりつつも、自分を裏切ることは決してしなかった。
物語の中で彼女は立派に成長したのです。

そして、静かに緞帳が上がり、すべてが明らかになります。
「この映画の真のスターは彼女です!」

一度は背を向けた恋人の胸へ、真っ直ぐに飛び込むキャシー。
溢れんばかりの喜びに包まれた彼女は、まさに「君は美しい」。
撮影所のラブシーンより何倍も何倍も光輝いていました。

どこにでもいるごく普通の女の子が、自信と誇りに満ちたおとなの女性へと変貌を遂げる。
『雨に唄えば』はキャシーの成長物語としても楽しめました。

* * *

なぜドンは始めからキャシーに作戦を打ち明けなかったのでしょうか?
先に知らせていれば、キャシーが絶望を味わうこともなかった。

それは愛する人に汚れ仕事をさせたくなかったからだと思います。
ドンとコズモの企みはお世辞にも綺麗なやり口とは思えません。
もしキャシーが「リナの後ろで自分が歌い、頃合いを見て緞帳を上げて、吹き替えのからくりを暴露する」と知っていたら…

そんなことにキャシーを巻き込みたくなかった。
自分は恨まれても憎まれてもいい。
それでもキャシーには人を陥れるような卑怯な真似をさせたくなった。

これは賭けです。
何も知らせず、傷ついた心のままキャシーに歌わせたら、どんな結果になるか分かりません。
声を詰まらせて歌えなくなるかもしれない。
悲しみのあまり、その場から姿を消してしまうかもしれない。

それでも、ドンはキャシーに片棒を担がせることを潔しとしなかったのです。
もしかしたらキャシーに限ってそんなことは起こらないという確信があったのかもしれません。
しかし、それは誰にも分からないことです。

「闘う騎士」の試写会が失敗に終わり、コズモが吹き替えを示唆したときもドンは「それが?」と答えました。
コズモは「なんで分かんないの?」とドンの鈍さを嘆きましたが…
愛するキャシーが不利益を被る可能性のある吹き替えなど、ドンの頭にはこれっぽっちも浮かばなかったのでしょう。

恋人を悲しませたくない、汚したくない。
これは紛れもないドンの愛です。
キャシーもそれを悟ったからこそ、彼のもとへ戻ったのでしょう。

結果として、キャシーは己の仕事を全うし、何もかもが丸く収まりました。
ドンの信頼、キャシーの自信。
素晴らしいラストシーンでした。

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宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
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