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ラスプーチンが動けば、物語も動く―愛月ひかるが果たした役割とは│神々の土地

『神々の土地』の第一印象は“観る者に緊張を強いる舞台”でした。

玉虫色に輝く小さなタイルを緊密に敷き詰めたようなセリフの応酬。
一片たりとも聴き逃してはならじ。
水を打ったように静まり返る客席。
劇場を覆う、ひりひりした緊張感は上田作品ならでは。

ロシア革命に呑まれる人々とロマノフの終焉を描く物語。
紗幕に映し出される吹雪。
陰鬱な開演アナウンスが、これから始まる物語の行く末を暗示します。

* * *

一番印象深かったシーンは、ラスプーチン(愛月ひかる)の食べかけを、奪い合うようにむさぼる女たち。
聖痴愚のロフチナ夫人(花音舞)と、ゴロヴィナ嬢(瀬戸花まり)です。
競り負けた女の悔しそうな顔。

他人の唾液にまみれた食べ物を喜んで食う。
一見、浅ましいようにも思えますが、それはラスプーチンとの一体化を願う行為に他なりません。
これは、単なる狂信・盲信ゆえの姿と片付けてよいのでしょうか?

私には、聖痴愚たちの頭上から降り注ぐ光が見えました。
不思議な清らかさに満ちた、崇高な行為にすら思えたのです。
無条件の愛。
その凄まじさを、一瞬で浮かび上がらせる描写に息を呑みました。

上田久美子先生は時に、目を背けたくなるような人間の浅ましさを、素知らぬ顔でねじ込んできますね。
『金色の砂漠』で、王女タルハーミネの寝室に潜み、初夜の睦言の一部始終を盗み聞く教師の姿には戦慄を覚えました。

しかし、この場合は違います。
同じような浅ましく下劣な行為を描いても、受ける印象が異なるのはなぜなのか?
ラスプーチンと聖痴愚のふたりの関係に聖なるものを感じられたのはなぜでしょう?

ラスプーチンは、主人公ドミトリー(朝夏まなと)らに対抗する存在として描かれますが、彼は決して“悪”ではありません。
少なくとも、本作においてはそのような描かれ方はしていません。
ドミトリーを含む、皇太后マリア(寿つかさ)一派の立場からすれば、排除すべき対象ですが、皇后アレクサンドラ(凛城きら)から見れば“救世主”。
不治の病を抱える皇太子を癒やし、異国で孤立していた彼女の心の拠り所となったラスプーチン。

ユロージヴァヤ(聖痴愚)とは、俗世の姿を捨て、痴愚を装う(または痴愚である)ことにより、神の真理に近づこうとする者たちを指しますが、彼女らをそこまで駆り立てたのものは何だったのか?
ラスプーチンの中に“聖なるもの”を見出したからではなかったのか?

* * *

ラスプーチンを演じた愛ちゃん(愛月ひかる)には圧倒されました。
『神々の土地』の登場人物たちで、ラスプーチンの影響を受けてない者はいません。
表立って関わりのない人物でも、必ず彼の指先が紡ぎ出す糸に絡め取られ、翻弄されていく。

物語のすべてを、影に日向に支配する。
なんて面白い役なのでしょう。
ラスプーチンの不気味な影に、観客も、同じ板に乗る役者さえも、怯え、呑み込まれていくのです。

中途半端に演じては、狂うはずの運命も狂いません。
“怪物”とまで呼ばれた半人半聖の存在、ラスプーチン。
この役の機能不全は、作品の失敗を意味します。
愛ちゃんはよく期待に応えたと思います。

ラスプーチン登場のシーン。
オケボックスから、ぬるりと銀橋に這い上がる。
素晴らしく、気持ちの悪い演出でした。
有無を言わさず、劇場中の空気を震え上がらせるのです。
(初日のSS席のお客様はよく悲鳴を上げなかったと思います)

すすり込むような台詞回し、雲を踏むようなおぼつかない歩み。
他者との距離の近さも不気味さを増します。
薄気味悪く、薄汚く、胡散臭い。
しかし、なぜだか目を離せない。
それはなぜか?
彼は何者なのか?

物語に関係するところで言えば、ドミトリーとイリナ、それぞれの心を占めるのは本当は誰なのか?
その場では“不都合な真実”の言葉を吐いて、人々を惑わせるのです。

圧巻は“死”のシーン。
史実でも、毒物を飲まされた上に、斬られても、撃たれても、絶命しなかったそうですが、その底恐ろしさが舞台でも十分に表現されています。

何をしても死なない。
これは、恐怖です。
不死身のゾンビのように何度でも何度でも立ち上がる男。

なぜ死なない?
もしや、神の加護は、我々ではなく、ラスプーチンにあるのか?
ドミトリーらの焦りと狼狽は並大抵ではなかったでしょう。

凍りついたように動きを止める将校たちの視線はただ一点、なりふり構わずラスプーチンを叩きのめすドミトリーに注がれます。
叩き潰しても叩き潰しても、ぬらぬらと蠢きを止めないナメクジのようなラスプーチン。
ようやく命尽きてからも、いつまた、むっくりと体を起こすかもしれない。
そんな不安にかられました。
その得体の知れなさに、観客もドミトリーの恐怖を共有するのです。

精根尽き果てたように、一歩また一歩、かつて栄光と共に歩んだ赤い階段を踏みしめるドミトリー。
彼の胸に去来するのは何だったのか。
“暗殺者”の汚名を着ても、確かに自分はロマノフにとっての正義を行った、彼の背中にはそう書いてありました。

* * *

しかし、ラスプーチンの死は、単に肉体の死でしかありませんでした。
彼の肉体ひとつが消滅したところで、革命のうねりは止められるものではなかったのです。
ドミトリーらの動きは、決壊寸前だったロマノフ王朝という器に、最後の一滴を加え、溢れさせたに過ぎません。

暗殺の実行者であったことにより、革命の渦から逃れて生き長らえられたのは、ドミトリーにとって歴史の皮肉としか言いようがありませんが…
いずれにせよ、たいへんな強運の持ち主で、ドラマティックな運命を辿った人物でした。

聖なるものと俗なるものを身の内に同居させた男、ラスプーチン。
愛ちゃんのキャリアにまたひとつ新しい宝物が加わりましたね。
素晴らしいお芝居を、ありがとうございました。

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コメント

ラスプーチン怖かったですね!

ラスプーチンの登場シーン、まさに「ぬるり」という擬態語がぴったりでしたね!
ぬめり気があって、ゆらゆら動きが遅いのに
気づいたらラスプーチンの空気感に劇場が支配されている感じで。
まさにナメクジ!

聖痴愚っていうんですね、彼女たち。
すごい言葉ですね。。。
他の登場人物がラスプーチンに出くわすと恐怖で固まってしまったのに対し、
彼女たちは超自然的なラスプーチンの存在を認め、敬っていて
実は一番先に進んでいるのかも。
上田先生の頭の中、覗いてみたいですね!

お芝居のラスプーチンと、ショーのキラキラ輝く姿とのギャップがすごくて
一気に愛月さんのこと好きになりました!^^

Re: ラスプーチン怖かったですね!

>黒猫さん
こんばんは!
黒猫さんもラスプーチンがお気に入り(?)のようで嬉しいです!
『神々の土地』はラスプーチンがいなかったら、普通の宝塚作品として楽しめたのですが、彼がいることで更に深いインパクトを受けました。

美しいだけではない何か。
完全に割り切れないモヤッとしたものが心に残り、それがとても面白く感じました。

聖痴愚って和訳、すごいですよね…佯狂者や聖愚者とも呼ばれるようですが。
より神に近い存在として存在する彼女らの姿を観て、『エリザベート』のヴィンディッシュ嬢を思い出しました。

ね、ショーとのギャップがすごいですよね!
初めて宝塚を観る人とか、ラスプーチンだと気づかないんじゃないかと思います(笑)
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プロフィール

野口 留香 noctiluca

Author:野口 留香 noctiluca
宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
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