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-浄化する愛-ピエタを思わせるラストシーン、卯之助(珠城りょう)について│長崎しぐれ坂

『長崎しぐれ坂』の主人公、兇状持ちの伊佐次。
ヒロインは堺の豪商の囲われ芸者、おしま。

幼馴染のふたりの間に、第ニの男が介在することで物語の粘度が高まります。
妙に湿り気のある、生暖かな存在感の男。
長崎奉行所の下っ端、卯之助。

落ちぶれても、さっぱり粋な風情を漂わせる伊佐次。
小股の切れ上がった女っぷりのおしま。

対して、卯之助は決して“粋”な男ではありません。
不思議な艶めかしさはあるけれど、その行動は極めて泥臭い。

朴訥で融通がきかなくて…
ひたすらに伊佐次を追って、長崎まで流れ着いた男。
極端な言い方を選べば、偏執狂的な不気味さすら感じさせます。

それは、同じ抑揚で繰り返される台詞「ウドじゃねぇ、卯之だ」に端的に表れています。
淡々と心の内側を覗かせない様子に、ふと“粘液質”という言葉が浮かびました。
ヒポクラテスの体液説のひとつで、その特徴は“感情の起伏が少なく、粘り強い”。

本来もう少しサッパリと単純な役のはずですが、役者(珠城りょう)の個性がそうさせたのかもしれません。
珠様と卯之助、ふたりの人物の性質が溶け合い、奇妙な化学反応が起きた。
卯之助は、彼女の男役像に潜むある種の“濁り”が活きた役である、とも言えます。

本心を明かさない彼が、唯一その想いを仄めかすのは終盤近く。
望郷の念断ち難く、命の危険を顧みず、波止場に現れた伊佐次。
彼を待ち受けていたのは卯之助。

治外法権の及ばない唐人屋敷の外に出たからには、捕まえるしかない。
最後に愛しいおしまの乗った船を拝んでおけ。
海の向こうを指しつつ、もう一方の指が示すのは一隻の小舟。

ゆらゆらと頼りなく大海の波に揺られる小舟はまさに伊佐次の運命そのもの。
卯之助はその小さな舟に一縷の望みを託したのです。

逃げろ、そして生き延びてくれ、と。

しかし、因果応報は伊佐次を見逃しません。
一発の銃弾が彼の体を貫きます。

ラストシーン、卯之助の胸に去来するものは何だったのか。
虫の息で「神田囃子が聞こえる」とつぶやく伊佐次に「聞こえない」と応じる卯之助。
祭り囃子(過去)に伊佐次の魂を連れて行かれると感じたのかもしれません。

ほのかに明るい夜の海。
ゆらゆら漂う小舟にふたりきり。
もう追われることもない。
伊佐次はどこへも行かない。

「男は人前で涙を見せちゃいけないよ」
昔むかしに伊佐次に言われた言葉。
ずっと抑えていた涙が卯之助の頬を伝います。

涙流れるままに天を仰ぐ卯之助。
月明かりに照らされた顔の静謐な美しさ。
伊佐次の亡骸を抱える卯之助の姿に、ピエタが思い浮かびました。

哀しみも苦しみもすべて浄化され、静かな嘆きのみが満ちていきます。

すべてを腕の中に収めた卯之助は、あるいは幸福だったのかもしれません。

そんな彼の姿に観客の心もまたカタルシスに覆われ、うら寂しい祭り囃子の音色と共に、『長崎しぐれ坂』がまたひとつ忘れられない演目となって心に残るのです。

前編はこちら。
-閉じ込める愛-卯之助(珠城りょう)について│長崎しぐれ坂

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野口 留香 noctiluca

Author:野口 留香 noctiluca
宝塚歌劇と共に30年(ブランクあり)。全組観劇派。美丈夫タイプの生徒さんが好み。谷正純・酒井澄夫・木村信司・大野拓史作品が好き。観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。

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