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鎌足(紅ゆずる)と安見児(星蘭ひとみ)―寂しさから始まる愛│鎌足

それぞれの人物に深いドラマがあり、描かれていない部分に想いを馳せるのも楽しい『鎌足』。
こういう広がりのある物語、大好きです。
史実と虚実を巧みに取り混ぜた、芝居を観る醍醐味を感じさせてくれる作品。
面白かった~~~

とりわけ心惹かれたのが、星蘭ひとみさん演じる安見児(やすみこ)
天智天皇(瀬央ゆりあ)の采女で、鎌足(紅ゆずる)の妻・与志古の身代わりに、鎌足へ下賜される女性です。

生田先生の当て書きが光る、安見児


宝塚屈指の美貌を誇る星蘭さん。
舞台のどこにいても目を引く、非の打ち所がない美しさ。

唯一の弱点は「美しすぎる」ことでしょうか。
あまりに整いすぎて、感情が見えにくい。

役者としては不利とも言える完全無欠な美しさ。
独特の硬さがある演技、表情の乏しさも相まって、ときに人形じみて感じられる嫌いがあります。

それを逆手に取って、彼女に安見児を当てたのは生田大和先生の慧眼でしょう。
星蘭さんの個性が安見児という役にピタリとハマり、抜群の効果を上げました

中臣鎌足が詠う「安見児得たり」の真意


「われはもや安見児得たり 皆人の得難(えかて)にすといふ安見児得たり」
まさか、この歌があのような意味で詠まれるとは…

短い歌に繰り返される「安見児得たり」。
天皇直々に賜った美女、誰もが羨む女を手に入れた。
本来ならば、誇らしさと喜びに満ちた歌のはず。

鎌足によって、心の拠りどころ(蘇我入鹿)を奪われた皇極帝。
その差し金で、鎌足もまた、この上なく理不尽なやり口で最愛の人を奪われる。

「鎌足、詠(うた)いなさい!」
誰もが羨む女を与えられ、嬉しいでしょう?
さあ、その喜びを詠うのです!
鎌足を徹底的に追い詰め、痛めつける言葉の刃。
皇極帝の恨みの深さが、まざまざと現れるシーンです。

拒絶は許されない。
与志古は何もかも飲み込み、天智を受け入れた。
目の前で妻をさらわれ、別な女をあてがわれる鎌足。

支配者によって、愛さえも操られる自分は何なのか?
友の命と引き換えに得た“理想の世”のはずが、なぜこうなった?

「安見児得たり」は鎌足の苦しみの発露だったのです。

愛を捨てた女、安見児


「お辛いのですか?」
与志古を失い、嘆き苦しむ鎌足にかけられた安見児の言葉。

冷たさすら感じられない、なんの感情もこもらぬ無機質な声。
思いやりや忖度とは無縁の、無邪気とも思える態度。

「わからぬのか、あなたには!」
思わず声を荒げる鎌足にひるむことなく返される言葉。
「わかりません」
鎌足も驚きますが、観客もぎょっとする瞬間です。

なぜ、こんな心無い言葉を?
そう、彼女には“心”が無かったのです。

「私は采女です。想うことも想われることもすっかり捨てて生きてきました」

固く閉ざされた心。
しかし、芯まで凍りついているわけではない。

「与志古さまが羨ましい」
与志古へ向ける愛のひとひらでも自分に向けて欲しい、と乞う安見児。

「想うことも想われることも」を受ける言葉が「知らず」ではなく、「捨てて」であることにご注目ください。
安見児は愛を知らぬ女ではないのです。
かつては「愛することも愛されることも」知っていた。
采女として生きるために、邪魔になる心を捨てただけなのです。

「武烈紀」からひもとく安見児の心


安見児はなにゆえ、このように感情を閉じ込めて生きてきたのか?
思い浮かぶエピソードがあります。

稀代の暴君とされた、第25代天皇・武烈天皇。
信じがたい悪行の数々は『日本書紀』に詳しく記されています。

「女をして躶形(ひたはだ)にして、平板の上に坐(す)ゑて、馬を牽(ひ)きて前へ就(いた)して遊牝(つるび)せしむ。女の不浄(ほとどころ)を観るときに、沾湿(うる)へる者は殺す。湿はざる者をば没(から)めて官婢(つかさやつこ)とす。此を以て楽(たのしび)とす。」

全裸の女性に性的刺激を与え、反応した者は命を奪い、無反応だった者は官婢(女奴隷)として召し抱えた…ということですね。
許しがたい所業ですが、あえてそこに目的を見出すとすれば“人間らしい心を持った奴隷の排除”。
それをふるい分けるテストだった、ということでしょうか。

もちろん安見児とは状況が異なりますが、生田先生の脳裏に「武烈紀」のモチーフがあったと考えて差し支えないでしょう。

鎌足と安見児―寂しさから始まる愛


「生きるために想うことも想われることも捨てた」と告げる安見児。
それは彼女の心からの叫びです。

「かわいそうな人だ、あなたは…」
鎌足の胸に湧き上がった想いはどのようなものだったのでしょうか?
憐れみ?同情?

愛を失った者と、愛を捨てた者、ふたり寄り添って生きてみようか。
互いに欠けたものを埋め合うような、そんな寂しさから始まる愛もある。

与志古への想いは寸分たりとも変わらないが、いま隣りにいる空っぽな女を温めてやりたい。
鎌足の心にそんな想いが宿ったのかもしれません。

生きるために愛を遠ざけた安見児。
冷え切った彼女の心に再び愛の火を灯した鎌足。

男の弱さ、優しさ、そして懐の深さ。
割り切れない複雑な想いを絶妙に表現した紅さん。

硬質な美貌と、温度を感じない芝居。
愛を閉じ込めた安見児にどんぴしゃハマった星蘭さん。

ふたりのほろ苦くもやるせない愛が深く心にしみいる、今年一番の名場面でした。

心を取り戻した安見児


人間らしい感情も欲望も取り上げられた女性たち。
劇中で采女の結婚は異例のように描かれていますが、安見児は鎌足と出会えて幸せだったと思います。

「その子は私たちの子として育てましょう」
天智帝の子を宿した与志古に、安見児が出した助け舟。

もう形代などではない。
温かな血の通ったひとりの女性がそこにいました。

心を取り戻した安見児の姿に、鎌足と過ごした歳月がどのようなものであったか想像するのは難しいことではありません。

安見児の存在があったからこそ、物語の陰影が増した
星蘭さんが果たした役割は大きいのです。

史実と虚実の巧みな融合、心の機微を繊細に描いた『鎌足』。
素晴らしい作品でした。

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プロフィール

野口 留香 noctiluca

Author:野口 留香 noctiluca
宝塚歌劇と共に30年(ブランクあり)。全組観劇派。美丈夫タイプの生徒さんが好み。谷正純・酒井澄夫・木村信司・大野拓史作品が好き。観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。

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