FC2ブログ

したたかに強い女たちと小ネタと感想まとめ│神々の土地

『神々の土地』は、したたかに強い女たちの物語でもあります。
しなやかに強い、イリナ(伶美うらら)。
強さが目覚めた、オリガ(星風まどか)。

溢れる生命力、抜け目ない逞しさの筆頭は、皇太后マリア(寿つかさ)、そしてフェリックスの母ジナイーダ(純矢ちとせ)。
革命の手を逃れて、ピンシャン生き延びるしぶとさ、胸のすくような女傑っぷりに拍手喝采。
新大陸のシーンでは、ラスプーチンもびっくりの不死身っぷりに、思わず「生きてたの!?」と叫びそうでした。

お気に入りは、ヘビースモーカーのマリアが、オリガに喫煙を咎められ、自分で持ってきた婚約祝いの鉢植えで煙草をねじ消すシーン。
すっしーさん(寿)の喰えない婆さんっぷりが最高!

せーこちゃん(純矢)も魅力的。
十分脂っ気のある現役感溢れる女、熟女のエグみを出せる娘役さんは貴重です。
三拍子揃って美しく、頼もしいせーこちゃんを見ると、星組にいらした洲悠花さんを思い出しますね。

* * *

無自覚な子供の高慢さの描き方が秀逸。
酒場のギター弾きミーチャに対する皇太子アレクセイの態度。
その諌め方にドミトリーの人柄が、アレクセイの振る舞いに家庭環境が浮かび上がる。
宝塚の子役と言えば、甲高い声で喋る、首を傾げたぶりっこ(求められる子供らしい子供らしさ)を描く作家もいますが、そうではないところに爽快さを覚えました。

上田先生は、観客に印象づけたい台詞は反復させるのが癖なのでしょうか。
「ロシアの香り」と「美しいものを見ることは価値がある」。
他にもあったかな?

大きな声では言えませんが、ラスプーチンって、ドミトリーとイリナのキューピッドではありませんか?
ラスプーチンが空気を読んで黙ってたら(そんなのラスプーチンじゃない)、彼らは結ばれなかったのではないかと…

「ラスト2場面は不要では?」と以前書きましたが、両手を上下させながら舞台を高速で飛び跳ねつつ横切るラスプーチンと聖痴愚たちの姿はお気に入り。
シュールな光景ですが、なんだか妙に楽しそうで微笑ましいのです。

レヴューの『クラシカル ビジュー』に、真風(涼帆)君を中心とした『キャッツ・アイ』のシーンがある、と小耳に挟んだ私。
脳裏に浮かんだのは、紫のレオタード、腰に黄色のスカーフを巻いた真風君。
ロングヘアのウィッグをパッと脱ぎ捨てたら、カッコいい泥棒紳士が現れるのかなー?と。
私の考え過ぎでしたね…

* * *

『神々の土地』作中で効果的な小道具として使われるイコン。
都内では、御茶ノ水の東京復活大聖堂教会(ニコライ堂)で観ることができますね。
img-20171117_1.jpg
img-20171117_2.jpg
正教伝道のためロシアから日本にいらした聖ニコライが最初に訪れた函館を始め、各地に60あまりの聖堂があるそうです。

こちらは、静岡県伊豆市の修善寺ハリストス正教会・顕栄聖堂
聖ニコライのご病気の快復を願って建てられたそうです。
img-20171116_1.jpg
img-20171116_2.jpg
(ニコライ堂は5年前、修善寺は昨年末の画像フォルダから引っ張り出しましたが、まさかこんな風にご紹介できる日が来るとは!)

どこか素朴で、静謐な美しさに満ちた正教会。
機会がありましたら、皆さまも是非一度お運びくださいませ。

* * *

ニコライ二世(松風輝)と、皇后アレクサンドラ(凛城きら)の間には、長女オリガ(星風まどか)を筆頭に5人の子どもがいました。
しかし、劇中に登場したのは次女タチアナ(遥羽らら)と、長男アレクセイ(花菱りず)のみ。
残るふたりの娘、マリアとアナスタシアの姿はありません。

全員銃殺され、途絶えたとされるロマノフ最後の一家ですが、四女アナスタシアだけは生き残ったという説はご存知でしょうか?
アンナ・アンダーソンという女性が「自分は皇女アナスタシアである」と名乗りを上げたのです。
ロシア革命を描いた、池田理代子さんの漫画『オルフェウスの窓』でも、このエピソードに触れられていました。

後年、これは事実ではないと結論付けられたようですが、彼女を取り上げた物語でちょっと面白いものがありますので、ご紹介いたします。
島田荘司氏の『ロシア幽霊軍艦事件』(角川文庫/新潮文庫版も有り)です。

【湖から一夜で消えた軍艦。秘されたロマノフ朝の謎。】
箱根、富士屋ホテルに飾られていた一枚の写真。そこには1919年夏に突如芦ノ湖に現れた帝政ロシアの軍艦が写っていた。四方を山に囲まれた軍艦はしかし、一夜にして姿を消す。巨大軍艦はいかにして“密室”から脱したのか。その消失の裏にはロマノフ王朝最後の皇女・アナスタシアと日本を巡る壮大な謎が隠されていた―。[新潮社版解説より抜粋]


ミステリ仕立てのフィクションですが、なかなか説得力もあり、ロマンチックなストーリーに仕上がっています。

東京は今朝から一段と冷え込みが厳しくなってまいりましたが、明日はお天気に恵まれるようです。
晴れやかな千秋楽となりますように。

○『神々の土地』関連記事はこちら↓
ある朝夏まなとファンの話│神々の土地
美しいものを見ることは価値がある-麗しの伶美うらら│神々の土地
上田久美子作品、ミューズたちの“声”―イリナという女│神々の土地
ラスプーチンが動けば、物語も動く―愛月ひかるが果たした役割とは│神々の土地
美しき灰色の世界に灯る光―朝夏まなとの“愛(かな)しみ”│神々の土地

↓ブログランキングに参加しています↓
よろしければ応援クリックお願いします

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村

↓Twitterやってます↓
更新情報メイン(たまにつぶやき)

‎@noctiluca94

スポンサーサイト

美しき灰色の世界に灯る光―朝夏まなとの“愛(かな)しみ”│神々の土地

長くヅカ離れしていた私。
なつめさん(大浦みずき)時代以来、実に20年ぶりとなった花組の舞台は、蘭寿(とむ)さん率いる『復活―恋が終わり、愛が残った―』でした。

主人公ネフリュードフ公爵の旧友セレーニン検事を演じた“すらりと端正な男役さん”。
それが、まぁ様(朝夏まなと)の第一印象。

直後に異動された宙組での一作め『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』のキルヒアイスが素晴らしく、そこから順調にトップスターに登られたお披露目公演『TOP HAT』のジェリーは、今でも一番好きなお役です。

軽やかに明るく、洒脱。
“誰からも愛される”という言葉がぴったりな持ち味の男役さん。
根底にあるのは、誠実さ。
そして、紳士的な物腰。

『王家に捧ぐ歌』で見せた熱情も忘れがたいですね。
男役集大成となったドミトリーは、まぁ様の魅力がすべて詰まった男性像であるように思います。

抜けるような明るさは封印されていますが、それでも人を惹きつけずにいられないチャーミングさは健在。
酒場の場面、上着を肩に引っ掛け、真っ白なシャツの襟元をくつろげる姿に漂う色香。

余談ですが、このシーンでドミトリーの白いシャツと、オリガの白いブラウスが放つ色彩効果は素晴らしいですね。
くすんで薄汚れた土色の群れに、輝くような白がふたつ。
彼らは民衆の中では“異質”なのです。

もしもドミトリーとオリガがあのまま結婚していたら、どうなっていたでしょうか?
イリナへの想いは胸の奥深くへ沈め、オリガと温かで穏やかな優しさに満ちた家庭を築いたのではないかと思います。

が、しかし、絶妙なタイミングで“魔”がやってくるのです。
怪僧ラスプーチンの姿を借りて。

「お前はオリガを愛してはいない。お前が本当に愛しているのは誰なんだ?」

これはドミトリーの自問でもあったでしょう。
見ないふりをして押し殺していた胸のくすぶりを、公衆の面前で、あろうことか女とその家族の前で暴露される。

そして、もうひとりの女。
息も絶え絶えなイリナが転がり込んできた時、ドミトリーの愛の天秤は正しく傾いたのでしょう。

* * *

“愛しい”と書いて“かなしい”とも読みます。
ドミトリーの心は、イリナの哀しみや苦しみに、よく共鳴します。

「僕はあなたが可哀想だった」
この言葉に、すべてが込められているように感じます。

相手の痛みが、自分の胸をえぐる痛みとなる。
身にしみるほどの切なさが、ドミトリーの“愛”なのです。

本心を偽れない。
腹をくくったはずなのに、揺らいでしまう。迷ってしまう。

皇后の怒りを買い、遠く離れたペルシャへ向かう列車から飛び降りたドミトリー。
軍の服務規程を犯してまで駆け抜けた灰色の平原。

雷鳴の中、彼は何を目指して、ひた走ったのでしょうか。
かつて、愛しい人と暮らした家の窓辺から洩れる温かな光でしょうか。
それはイリナ、その人のぬくもりに他なりません。

生徒さんのご卒業にあたり描かれる役は、その方が培ってこられたもの、宝塚で歩んできた道のりの結晶のように思われます。
過去のトップスターさんの卒業公演を思い返せば、皆一様に“その方らしい”足跡を花園に残していかれました。

男の弱さやもろさを、こんなにも美しく“男役”として昇華できる。
まぁ様の“ドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフ”は宝塚男役の型として、ひとつの完成を見たように思います。

まぁ様が蒔いた種が、芽吹き、蕾を膨らませる。
そんな春の景色は、私たちのすぐ目の前に広がっています。
季節はこれから冬に向かいますが、まぁ様の側で共に演じ、歌い、踊り、学んだ生徒さんたち。
彼女らが咲かせる花を楽しみに、また劇場を訪れたいと思います。

○『神々の土地』関連記事はこちら↓
ある朝夏まなとファンの話│神々の土地
美しいものを見ることは価値がある-麗しの伶美うらら│神々の土地
上田久美子作品、ミューズたちの“声”―イリナという女│神々の土地
ラスプーチンが動けば、物語も動く―愛月ひかるが果たした役割とは│神々の土地

↓ブログランキングに参加しています↓
よろしければ応援クリックお願いします

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村

↓Twitterやってます↓
更新情報メイン(たまにつぶやき)

‎@noctiluca94

ラスプーチンが動けば、物語も動く―愛月ひかるが果たした役割とは│神々の土地

『神々の土地』の第一印象は“観る者に緊張を強いる舞台”でした。

玉虫色に輝く小さなタイルを緊密に敷き詰めたようなセリフの応酬。
一片たりとも聴き逃してはならじ。
水を打ったように静まり返る客席。
劇場を覆う、ひりひりした緊張感は上田作品ならでは。

ロシア革命に呑まれる人々とロマノフの終焉を描く物語。
紗幕に映し出される吹雪。
陰鬱な開演アナウンスが、これから始まる物語の行く末を暗示します。

* * *

一番印象深かったシーンは、ラスプーチン(愛月ひかる)の食べかけを、奪い合うようにむさぼる女たち。
聖痴愚のロフチナ夫人(花音舞)と、ゴロヴィナ嬢(瀬戸花まり)です。
競り負けた女の悔しそうな顔。

他人の唾液にまみれた食べ物を喜んで食う。
一見、浅ましいようにも思えますが、それはラスプーチンとの一体化を願う行為に他なりません。
これは、単なる狂信・盲信ゆえの姿と片付けてよいのでしょうか?

私には、聖痴愚たちの頭上から降り注ぐ光が見えました。
不思議な清らかさに満ちた、崇高な行為にすら思えたのです。
無条件の愛。
その凄まじさを、一瞬で浮かび上がらせる描写に息を呑みました。

上田久美子先生は時に、目を背けたくなるような人間の浅ましさを、素知らぬ顔でねじ込んできますね。
『金色の砂漠』で、王女タルハーミネの寝室に潜み、初夜の睦言の一部始終を盗み聞く教師の姿には戦慄を覚えました。

しかし、この場合は違います。
同じような浅ましく下劣な行為を描いても、受ける印象が異なるのはなぜなのか?
ラスプーチンと聖痴愚のふたりの関係に聖なるものを感じられたのはなぜでしょう?

ラスプーチンは、主人公ドミトリー(朝夏まなと)らに対抗する存在として描かれますが、彼は決して“悪”ではありません。
少なくとも、本作においてはそのような描かれ方はしていません。
ドミトリーを含む、皇太后マリア(寿つかさ)一派の立場からすれば、排除すべき対象ですが、皇后アレクサンドラ(凛城きら)から見れば“救世主”。
不治の病を抱える皇太子を癒やし、異国で孤立していた彼女の心の拠り所となったラスプーチン。

ユロージヴァヤ(聖痴愚)とは、俗世の姿を捨て、痴愚を装う(または痴愚である)ことにより、神の真理に近づこうとする者たちを指しますが、彼女らをそこまで駆り立てたのものは何だったのか?
ラスプーチンの中に“聖なるもの”を見出したからではなかったのか?

* * *

ラスプーチンを演じた愛ちゃん(愛月ひかる)には圧倒されました。
『神々の土地』の登場人物たちで、ラスプーチンの影響を受けてない者はいません。
表立って関わりのない人物でも、必ず彼の指先が紡ぎ出す糸に絡め取られ、翻弄されていく。

物語のすべてを、影に日向に支配する。
なんて面白い役なのでしょう。
ラスプーチンの不気味な影に、観客も、同じ板に乗る役者さえも、怯え、呑み込まれていくのです。

中途半端に演じては、狂うはずの運命も狂いません。
“怪物”とまで呼ばれた半人半聖の存在、ラスプーチン。
この役の機能不全は、作品の失敗を意味します。
愛ちゃんはよく期待に応えたと思います。

ラスプーチン登場のシーン。
オケボックスから、ぬるりと銀橋に這い上がる。
素晴らしく、気持ちの悪い演出でした。
有無を言わさず、劇場中の空気を震え上がらせるのです。
(初日のSS席のお客様はよく悲鳴を上げなかったと思います)

すすり込むような台詞回し、雲を踏むようなおぼつかない歩み。
他者との距離の近さも不気味さを増します。
薄気味悪く、薄汚く、胡散臭い。
しかし、なぜだか目を離せない。
それはなぜか?
彼は何者なのか?

物語に関係するところで言えば、ドミトリーとイリナ、それぞれの心を占めるのは本当は誰なのか?
その場では“不都合な真実”の言葉を吐いて、人々を惑わせるのです。

圧巻は“死”のシーン。
史実でも、毒物を飲まされた上に、斬られても、撃たれても、絶命しなかったそうですが、その底恐ろしさが舞台でも十分に表現されています。

何をしても死なない。
これは、恐怖です。
不死身のゾンビのように何度でも何度でも立ち上がる男。

なぜ死なない?
もしや、神の加護は、我々ではなく、ラスプーチンにあるのか?
ドミトリーらの焦りと狼狽は並大抵ではなかったでしょう。

凍りついたように動きを止める将校たちの視線はただ一点、なりふり構わずラスプーチンを叩きのめすドミトリーに注がれます。
叩き潰しても叩き潰しても、ぬらぬらと蠢きを止めないナメクジのようなラスプーチン。
ようやく命尽きてからも、いつまた、むっくりと体を起こすかもしれない。
そんな不安にかられました。
その得体の知れなさに、観客もドミトリーの恐怖を共有するのです。

精根尽き果てたように、一歩また一歩、かつて栄光と共に歩んだ赤い階段を踏みしめるドミトリー。
彼の胸に去来するのは何だったのか。
“暗殺者”の汚名を着ても、確かに自分はロマノフにとっての正義を行った、彼の背中にはそう書いてありました。

* * *

しかし、ラスプーチンの死は、単に肉体の死でしかありませんでした。
彼の肉体ひとつが消滅したところで、革命のうねりは止められるものではなかったのです。
ドミトリーらの動きは、決壊寸前だったロマノフ王朝という器に、最後の一滴を加え、溢れさせたに過ぎません。

暗殺の実行者であったことにより、革命の渦から逃れて生き長らえられたのは、ドミトリーにとって歴史の皮肉としか言いようがありませんが…
いずれにせよ、たいへんな強運の持ち主で、ドラマティックな運命を辿った人物でした。

聖なるものと俗なるものを身の内に同居させた男、ラスプーチン。
愛ちゃんのキャリアにまたひとつ新しい宝物が加わりましたね。
素晴らしいお芝居を、ありがとうございました。

○『神々の土地』関連記事はこちら↓
ある朝夏まなとファンの話│神々の土地
美しいものを見ることは価値がある-麗しの伶美うらら│神々の土地
上田久美子作品、ミューズたちの“声”―イリナという女│神々の土地

↓ブログランキングに参加しています↓
よろしければ応援クリックお願いします

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村

↓Twitterやってます↓
更新情報メイン(たまにつぶやき)

‎@noctiluca94

上田久美子作品、ミューズたちの“声”―イリナという女│神々の土地

しばしば花に喩えられることの多い、宝塚の娘役さん。
清らかな白百合、明るいひまわり、控えめなかすみ草etc.

伶美うららを思わせるのは、どんな花でしょう?
私の印象は、ビロードのように艶やかな花弁を持つ、大輪の紅い薔薇。

一番好きな『SANCTUARY』のマルゴ役のイメージです。
口当たりのよいソフトカクテルではなく、どっしりしたフルボディの豊かさ。
ふわふわ儚げなレースではなく、持ち重りのするベルベットの滑らかさ。

『うたかたの恋』のステファニーも好き。
ただ居るだけで豪華、というのは得難い存在です。

そんな重厚なイメージを打ち消したのが『神々の土地』のイリナ。
汚れなく澄みきった白い肌の下に、熱い心をひた隠す女。
物語のほぼ終盤まで、その愛の在り処を見せません。

囁くような声で、ぽつりぽつりと惜しむように言葉を洩らす女。
上田久美子先生の紡ぐ物語に特有の女性像です。
以前書いた『金色の砂漠』の感想で、ヒロインの声について触れました。
こちらに詳しいので、抜粋します。

私、上田先生の作品によく登場する、密やかな声を発するヒロインが好きなのです。
か細く、ひっそりと、聴く者の脳髄に染み透るような声。
周囲の喧騒から浮かび上がる、ある種の異質を感じさせるような。

『月雲の皇子』の衣通姫や、『星逢一夜』の泉(中年期)ら、心を閉ざし、人生に対して諦めに似た気持ちを抱いている女が洩らす声です。
とは言え、彼女らは投げやりに生きているわけではありません。
心の奥底に秘めた深い情念が、いつしか溢れ出す時を待っているのです。

その感情の発露が、上田作品の見どころのひとつだと思います。
クライマックスでどれだけのものをさらけ出せるか?
上田作品がヒロインに要求するものは大きいですが、観客が得られる満足もそれに比例して大きいですね。


「教科書なんてクソ食らえよ!」
イリナのすべてはこの台詞に集約しているように思います。
ドミトリーを受け容れた夜、自分を縛るもろもろから彼女の心は解き放たれたのでしょう。

もうひとつ、言わせていただければ、ここまで一切イリナに歌わせなかったのがいいですね。
歌は胸の内の吐露。
歌わせれば、どうしたって彼女の感情の揺れが観客に伝わってしまいます。

彼女の心はどこにあるの?
この疑問が、イリナというキャラクターを神秘のドレスに包み、ドミトリーと共に彼女の奥深くへ分け入ってみたいと思わせるのです。
歌を与えないことにより、イリナに過剰な体温を与えない作劇のテクニックには唸りました。

沈静からの激情。
そして、互いが為すべきことを為すために袂を分かつ。
爽快な愛の帰結でした。

それだけに、取ってつけたようなラスト2場面がやや残念。
作者の意図は分かります。
ロシアの大地を形作る者たちの祝祭、そしてドミトリーとイリナの魂の再会。

しかしながら、客席で「皆まで言うな!」と叫びたくなったのは否めません。
劇中で10のうちの8、9までは語っているではありませんか。
親切にもすべての答えを用意する必要はありますか?

わずかな余韻。
残された1ないし2を想像することが、観客に与えられた楽しみです。
もう少し、観る者のイマジネーションを信頼して欲しい、というのが正直な気持ちです。

亡命を拒否し、シベリアで果てたイリナ。
若く美しい女性が僻地の牢獄で、いかに過酷な扱いを受けたか、想像に難くありません。
しかし、自分の行く末を十分に理解した上で身を処したことに、ドミトリーへの想いの深さと、歴史の変化に殉ずる意志を見て取ることができるのです。

最後はドミトリーの独白で、幕。
私の好みではこちらの方が、美しかった恋人たちの肖像がより強く心に刻み込まれるのではないかと思います。
影ソロはとても良かったです(桜木みなとさんだと教えていただきました)。

○『神々の土地』関連記事はこちら↓
ある朝夏まなとファンの話│神々の土地
美しいものを見ることは価値がある-麗しの伶美うらら│神々の土地

↓ブログランキングに参加しています↓
よろしければ応援クリックお願いします

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村

↓Twitterやってます↓
更新情報メイン(たまにつぶやき)

‎@noctiluca94

美しいものを見ることは価値がある-麗しの伶美うらら│神々の土地

“美しいものを見ることは価値がある”

『神々の土地』で繰り返される印象的な台詞。
美しいもの=伶美うらら演じる大公妃イリナ。

彼女が居なければ、この舞台は成立しなかったと言っても過言ではないでしょう。

ヒロインが“文句なく美しい”ことで成り立つ舞台。
冷静に考えると凄い話ですね。

女性の美醜の評価は、時代性や宗教観、個人の好み等の条件により左右されます。
しかし、大多数が認める圧倒的な“美”は、確かにその瞬間、存在するのです。

“美”とは何か?
難しい問題ですが、この場合の“美”は端的に言って“心地よい”ことであると思います。

初めて、うららちゃん(伶美)を至近距離で観た時。
銀橋の上から、そっと微笑みかけられた瞬間。
舞台の喧騒も、華やかな衣裳も、周囲にきらめく何もかもが消え、ただただ、その優しい眼差しばかりが私の視界を埋め尽くしたのです。
昔の人は“魂が憧れる”と言いました。
魂が肉体を抜け出て、ふらふらさまよう、まさにそんな感じ。

“まばゆいばかりに美しい”という言葉がありますが、“美”は“光”なのかもしれません。
温かく、きらきらした何かが降り注ぐような感覚。

人を幸福にするものが“美”だとすれば、間違いなくうららちゃんは“美しい”のでしょう。
それはひとつの才能であります。
しかし、不思議とご本人の印象は控えめ。
うららちゃん自身は意外と、自分の“美”に対して無頓着なのかもしれません。
(宝塚の生徒として、美しく在るよう努力することとは別に)

己の“美”に驕らず、謙虚。
それこそ、彼女の美しさが観る者の心へ真っ直ぐに届く所以でしょう。

ロシア語通訳者の米原万里さんの対談集(言葉を育てる 米原万里対談集/ちくま文庫)に、ロシアには『才能は神様からもらったもので個人のものではないという考え方』があると書かれています。
いわゆる『天賦の才能』ですね。
それでいくと、“美”という才能も神からの授かりものである、と言えます。

自分の所有物ではないからこそ、慎ましやかでいられる。
うららちゃんの濁りない美しさの秘密を紐解く鍵はここにあるのかもしれません。

* * *

“美しいものを見ることは価値がある”とは面白い台詞ですね。
“美しいものには価値がある”ではなく“それを見ることに価値がある”というのがミソ。

“才能を持っている人と同じ空間に生きていることを純粋に喜び、そのことを祝福するのです”とは米原さんの言葉。
神々しいばかりに美しいうららちゃんの舞台姿に触れる感覚は、まさにこれ。

ジナイーダ・ユスポワ(純矢ちとせ)とフェリックス・ユスポフ(真風涼帆)。
この唯美趣味の母子が象徴するように、作品全体を貫くのは“美は絶対的に尊い”とする価値観。

侵し難い“美”という軸を中心に、物語が回るのです。
“美”という幹から生え出るのは、愛・聖・醜・喜・怒・哀・悲・怖・畏…の枝葉。

しかし、イリナに関して言えば、中の人同様、己の“美”に対する無関心が彼女の性格を形成していると考えて差し支えないように思います。

イリナは単にみめかたちが美しいだけのヒロインではありません。
気高く、慈悲に溢れ、愛に対して誠実なひとりの女性です。

看護師となった彼女の手肌の荒れ。
どきりとするような生々しい描写です。
ドミトリーの心が完全に奪われたのは、この瞬間かもしれません。
“美の器”イリナの内面が、豊かな水に満たされているのを覗き見ることができる場面です。

* * *

話は変わりますが、美に淫するフェリックスをオリガがなじるシーンがありますが、エルミタージュを擁する国の皇女の言葉としては少々頷けない部分がありました。
財産を持った支配階級が文化の保持に務めるのは当然の義務とするフェリックスの弁明には溜飲が下がりましたが、これはオリガの目覚めの発端の一部であったと考えてよいのでしょうか?
ご覧になった方はどう感じられましたでしょうか?

(超余談ですが、せーこちゃん(純矢)を真風君が「ママ」呼びするのは、なんとも言えない淫靡な響きがありますね)

何はともあれ、「麗しの」という枕詞がぴたりとハマる娘役さんは稀です。
ご卒業にあたり、このような当たり役を観ることが叶い、観客としては大きな喜びです。

「うららちゃん、綺麗!綺麗!」だけで記事が埋まってしまいました。
中途半端で申し訳ございませんが、続きは後日。

○『神々の土地』関連記事はこちら↓
ある朝夏まなとファンの話│神々の土地

↓ブログランキングに参加しています↓
よろしければ応援クリックお願いします

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村

↓Twitterやってます↓
更新情報メイン(たまにつぶやき)

‎@noctiluca94

プロフィール

noctiluca(ノクチルカ)

Author:noctiluca(ノクチルカ)
宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
宝塚歌劇観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。
◇更新情報はこちら◇
Twitter‎@noctiluca94

ブログ内検索とタグクラウド

最新記事

カレンダー

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カウンター

宝塚歌劇団人気ブログランキング

にほんブログ村ランキング

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
8位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
演劇
2位
アクセスランキングを見る>>

ブロとも申請フォーム

noctilucaにメッセージを送る

お名前:
あなたのメールアドレス:
件名:
本文:

QRコード

QR

**