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交錯するジェンダー、ルイ(愛希れいか)とリュリ(佳城葵)│All for One

私にとって月組の珠城りょう×愛希れいか時代の最高傑作『All for One』。
トップコンビのみならず組子全員がどんぴしゃ当て書き。
誰も死なず、誰も傷つかず。
最高に幸せなハッピーエンド。

成功の要因はキャラクター造形の確かさ。
なかでも、ルイ14世を演じたちゃぴちゃん(愛希)の功績は大きいです。
男役から娘役に転向した彼女ならではの“ヒロイン”ルイ14世がどのようにして生まれたのか?

「もしも、ルイが男女の双子だとしたら?」
「しかし、誰がルイ(ルイーズ)の二役を演じられる?」
「そうだ、愛希が居る!」
小池先生の頭に、男女の双子という構想が先にあったのか?
それとも、愛希れいかという役者ありきだったのか?
いずれにせよ、ちゃぴちゃんが作家の想像力を掻き立て、多大なインスピレーションを与える役者であることは間違いないでしょう。
わくわくするような大スペクタクル“小池版三銃士 All for One”の誕生です。
愛(希れいか)あればこそ、小池三銃士+宝塚“キスの流儀”│All for One より抜粋


“役割としての男性”を演じるルイ(愛希れいか)


男装の女性である「男役」が演じるダルタニアン(珠城りょう)と、本来の性が女性である「娘役」が男装した女性を演じるルイ14世(愛希れいか)の恋。
一見ややこしいですが、物語としてはシンプル。

ルイの肉体と性自認は女性、恋愛対象は男性。
一般的なシスジェンダーの恋愛劇に過ぎません。

家庭の事情により、望まぬ「男の生活」を余儀なくされただけのルイ(ルイーズ)。
“役割としての男性”を演じていただけなのです。

生まれたときから男として育てられたルイに、女性の自我が目覚めたのはいつだったのか。
どこかの時点で「あなたは女だ」と告げる者があったはず。

公の場では男性、私の空間では女性の二重生活を送っていた彼女。
しかし、結婚適齢期を迎え、これ以上のごまかしは無理と爆発します。

女の姿で王宮を逃げ出し、飛び込んだ酒場で出会ったのが、三銃士の一員ダルタニアン。
ルイーズとして出会ったダルタニアンと再会したのがルイだったことが騒ぎの始まりです。

「男装の麗人」ものはなぜ面白いのか?


男性として生きるヒロイン。
宝塚ではそう珍しくはありません。
『ベルサイユのばら』のオスカル、『紫子』の紫子など。

なぜか?
単純に「物語として面白い」からでしょう。
「男装の麗人」が「男装の麗人」を演じる宝塚歌劇においては尚更です。

ショーやレヴューで男役の女装がもてはやされる理由と根っこは同じでしょう。
固く閉じた男の鎧の隙間からこぼれ出す女の色香。

男役ד男装した女性を演じる男役”のラブシーンは、男役×娘役のそれとは異なる倒錯したエロスがあります。

男性の主人公が、相手(ヒロイン)を同性と思い込むことで生じる誤解や混乱も作品のスパイスになります。
『All for One』でもルイが女性と知ったダルタニアンが起こす騒動が物語を動かす起点になります。

また、男装のヒロインはあるがままの姿で生きられないことに苦悩し、そこにドラマが生まれます。
きっかけは自発にしろ、強要にしろ、どこかで必ず自身の女性性に目覚めるのです。

ルイの場合はダルタニアンと出会って一気に開花したと考えられます。
すったもんだの末、女の姿に戻り、恋人とハッピーエンドを迎えて、めでたしめでたしとなる『All for One』。
カラリと明るく健康的な珠ちゃぴコンビにふさわしい物語でした。

交錯するジェンダー、ルイとリュリ


男として育てられた女は必ず女に戻り、男を求める。
そしてふたりは結ばれ、ハッピーエンド。
結末の固定化には異論がありますが、『All for One』はそれに当たりませんので別な機会に。

ひとつ気になるのは、わーわー大騒ぎの人々をよそにダルタニアンへ熱い視線を送る青年。
やすちゃん(佳城葵)演じる作曲家リュリの存在です。

快男児ダルタニアンに心惹かれた様子のリュリ。
彼は三銃士の一員アトス(宇月颯)に対しても「タイプ」という言葉をかけています。

この台詞は『Le CINQ』に載っていません。
やすちゃんの役作りの一環なのか、後から付け足された設定なのか。

同様の役を演じた『A-EN』の脚本の意図は明確でした。
まゆぽん(輝月ゆうま)演じる大型犬男子マイルズに恋する少年アダム。
恋の芽生えから成就を丁寧に描いたやすちゃん。

やすちゃんの不思議なところは、どんな人物を演じても、ふわっとそこにいてしまうこと。
力みなく、自然体に。

ことさら強調しなくても、視線や身のこなしでリュリという人物を観客に印象づけられるやすちゃん。
もしかしたら「タイプ」という台詞すら必要なかったかもしれません。

ルイとダルタニアンの恋と同時進行するリュリの恋。
多様なジェンダーが交錯し、宝塚歌劇の可能性が広がったのも『All for One』の面白さのひとつです。

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珠城りょう×愛希れいかで『雨月物語/浅茅が宿』が観たい【妄想劇場】

珠ちゃぴがコンビを組んだのは7作。
一度は結ばれながらも破局(どちらかまたは双方の死)したのが『激情』『アーサー王伝説』『グランドホテル』の3作。
愛が成就したのが『All for One』『鳳凰伝』『カンパニー』『エリザベート』の4作。

前者の変形として観たい演目があります。
それは「幽霊妻または夫」。
上田秋成の『雨月物語』より『浅茅が宿』を珠ちゃぴで観たかったですね。

* * *

<浅茅が宿>

一攫千金を夢見て京に上った勝四郎。
戦乱に巻き込まれ、ようやく妻・宮木の待つ家に帰ったのは七年後。
一夜明けてみると、昨夜、勝四郎を迎えたのは妻の亡霊であった。

“さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か”
ところどころかすれて読めなくなった、妻が遺した歌を読み、涙にむせぶ勝四郎。


勝四郎=珠様(珠城)、宮木=ちゃぴちゃん(愛希)。
ちゃぴちゃんのご卒業により叶わぬ夢となりましたが。

「幽霊妻」の物語は古今東西ありますね。
帰らぬ夫を信じ、待って待って待ち続け、この世の者でなくなってもなお、待ち続ける妻。

『浅茅が宿』の宮木もそのひとり。
荒れ果てた家で独りぼっち、狐やふくろうを友にして、ただ待っていた。
「[さりともと…]夫はきっと帰って来ると自分に言い聞かせ、今日まで生きながらえ待ち続けたこの身の愛しいことよ」

今更ながらに妻の深い愛を知り、泣き崩れる勝四郎。
だが、時すでに遅し。
妻はもういない。

* * *

キュートなルックス、三拍子揃った実力が魅力のちゃぴちゃん。
なかでも心惹かれるのはお芝居です。

時に、宝塚の娘役の枠をはみ出すような多彩な役を演じこなしてきたちゃぴちゃん。
彼女の演技に注目したのは『NOBUNAGA』の信長の正妻、帰蝶が最初でした。
あの役で、ちゃぴちゃんの魅力に目覚めたと言っても過言ではありません。

短く細切れの登場シーンながら、きちんと一人の女性の生涯を描き出す。
素晴らしいお芝居でした。
その後もグィネヴィア、エリザヴェッタ、おしま…幾多の女性を演じてきましたが、帰蝶には特別な思いがあります。

帰蝶も帰らぬ夫をひたすら待ち続けた女性です。
かつて夫と駆けた野に、愛馬を放つシーンは心に染みました。

『浅茅が宿』の一番恐ろしいところは「今は長き恨みもはればれとなりぬることの喜しく侍り。逢ふを待つ間に恋死なんは人しらぬ恨みなるべし」。
ようやく会えた今は、長い間の恨みもすっかり晴れて嬉しく思います。
会うのを待つうちに焦がれ死にしてしまったら、あなたに私の心が分かってもらえず、さぞ口惜しいことでしょう。

「私はずっと待っていた」
そのことを、あなたにはしかと知っておいてもらいたい。
あなたが私を忘れ、都でふわふわ遊び暮らしていたときも、私はひとときもあなたを忘れず、ひたすら待ち続けた。

これは怖いですね。
純粋に夫を愛し、待ち焦がれていた気持ちがいつしか別の感情にすり替わっていく。
戦乱の世、女一人で家を守り抜くことの難しさ。
そんな事情もあったでしょう。

しかし一方、霊魂になってからでも、夫の顔を見たら長年の恨みが消え、愛が甦った。
自分の真心、誠実をしかと伝えられた。
宮木の魂は安らげたことでしょう。

そして、勝四郎の心から宮木の面影は決して消えることはない。

帰蝶を演じてから2年。
一段と力を増したちゃぴちゃんなら一歩踏み込んだ宮木の情念を演じてくれたのではないかと思います。

※参照 改訂 雨月物語 現代語訳付き/上田秋成著[鵜月洋訳注]/角川ソフィア文庫 ISBN:9784044011024

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多面体の魅力、珠城トートのカッコいいところ(ほんの一部)│エリザベート

珠城トートの魅力は、パワフル!マッチョ!セクシー!クール!
男性的な力強さと女性的な柔らかさが両立した「カッコいい」の多面体なのです。

好きなシーンは沢山ありますが、最も「珠様ーーー!!!」となるのは「運動の間」。

ドクターゼーブルガーが正体を現すシーンが衝撃すぎて!
突如、エリザベートが横たわる長椅子に飛び乗る閣下。
勢いよくコートを脱ぎ捨てる姿がワイルド!セクシー!
(「裏地もお揃いだよ!」と見せつけられてる気がしなくもない)

この赤紫のシャツ姿が一番好きですね。
ぬめるようなサテンシャツと、しっとりした革パンツ。
珠様には艶っぽい素材がよく似合います。

広い肩幅、厚い胸板、引き締まったウエストから腰回り、長い脚。
珠様の逆三角形スタイルを堪能できるコスチュームです。

みやさん(美弥るりか)もトートの「シャツいち」がお好きだそうですが…
奇遇です、私もです。

コートを滑り落とした後、後れ毛を一房、指でピッと払って胸の前に持ってくる仕草が素敵。
MY初日に観て、ときめきました!
毎回やってらっしゃるので意図的な動作なのですね。

あの仕草に込められた意味を知ってから、ますます好きになりました。
男役として美しくあるための細やかな心配り。
さりげない工夫の積み重ねが、私たちに夢を与えてくれるのですね。

ふと、元星組トップスターのシメさん(紫苑ゆう)を思い出しました。
「華奢な首筋は“女性”を感じさせてしまうから、(ファンの夢を壊さないため)夏でもハイネックを選ぶ」
首元までフリルで覆われたブラウス、細身のパンツ、膝上までの真っ白なスターブーツ。
私服でも王子様ファッションを貫いてらしたシメさん。
いかにも宝塚のスター然として素敵でした。

珠様とシメさんは持ち味も芸風も違い、一見共通点は少ないようですが、男役の美学を追求する姿勢は同じですね。

* * *

珠様の手の演技も見どころ。
大きくて、しなやかで、表情豊かな手。

シシィのタンス(?)から、ぬる~~~んと出てくる白い手。
気づけばいつの間にか舞台にいる神出鬼没な閣下ですが、音もなく指先から現れるこのシーンの妖しさは格別。

タンスの中に黄泉平坂ポイントがあるのでしょうか?
のび太くんの机の引き出しみたいな異次元との境目?

* * *

そして、フィナーレ。
「最後のダンス」は珠ちゃぴのラストダンスと思うと感慨深いですね。
力強く対峙する関係性が透けて見えて好きです。
これが最後とばかりにブンブン回すリフトも凄い。

ときに温かく、ときに優しく、ときに激しい愛憎をぶつけ合う珠ちゃぴのデュエットダンス。
息ぴったり、高い身体能力を誇るふたりのダンスは月組観劇の楽しみのひとつ。

淑女に囲まれて踊る「私が踊る時」で、次期相手役の美園さくらちゃんと組むのは粋な計らい。
珠さくコンビならではのデュエットの形を作り上げていくのも楽しみですね。

デュエットダンスの導入部、大階段センターでダイナミックに腰をグラインドする珠様はカッコよすぎて永遠に観ていられます。

銀橋を渡るとき、ちらりと冷たい一瞥をくださるのが最高!
普段の温かく包み込むような視線も素敵ですが、トートが乗り移った冷ややかな目の色もたまりません。
目が合うと時間が止まったような錯覚に陥ります。
もしかして一瞬魂を抜かれているのかもしれません。

* * *

これまで『エリザベート』とはご縁が薄く、その魅力に触れる機会が少なかった私。
しかし月組のおかげで、宝塚ファンの皆さまが惹きつけられる『エリザベート』の生の面白さを存分に味わうことができました。
登場人物の心情をなぞるメロディ、練り上げられたストーリー、舞台を覆う張り詰めた空気、すべてが素晴らしい。

特に今回は前方席で観る機会が多く、その魅力を肌で感じることができました。
幾重にも重なり、押し寄せる音の壁。
マイクを通さない生の声の迫力。
飢えてミルクを求める民衆たちの腕が、目の前まで伸びて来るシーンは、本当に掴みかかられそうで怖いくらい。

フィナーレの歌手でせり上がってくるみやさん(美弥るりか)のスターの輝き。
死の淵から蘇り、私の人生は私だけのものと高らかに宣言するちゃぴちゃん(愛希れいか)の凛とした美しさ。
そして、人ならざるものという新しい扉を開いた珠様の圧倒的存在感。

『エリザベート』の魅力、月組子の魅力、両方を堪能できて幸せでした。

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『エリザベート』最大の謎!トートとシシィはどこへ向かうのか?

宝塚版『エリザベート』に関する3つの疑問。
(1)「黄泉の国」とはどこか?
(2)「トート」とはなにものか?
(3)トートとエリザベートはどこへ行くのか?

最終章は、(3)トートとエリザベートはどこへ行くのか?について。

* * *

(3)トートとエリザベートはどこへ向かうのか?

『エリザベート』のラストシーン。
スモークの流れる純白の世界。
現世のしがらみから解き放たれ、身ひとつで佇むシシィ(エリザベート)。

黄泉路の入り口でシシィを待ち受けるトート。
真っ直ぐにトートの胸へ飛び込むシシィ。
固く抱き合ったまま、光の階段を上昇するふたり。

ん?
なんだか違和感。
「死」が天へ昇っているように見える?

シシィが天に迎えられるのならば分かるのです。
人間ですから。

では、トート(死)はどこへ向かおうとしているのか?
トートとシシィが昇る光の階段はどこにつながっている?

このラストシーンはどう受け止めればよいのでしょうか?

* * *

エリザベートマニアの連れ合いに、最後の場面をどう捉えるか訊いてみました。
返ってきた答えは「そこは突っ込まない!」。
…でも気になる。

手持ちの材料のみでラストシーンを紐解くとすれば、これは「シシィの心象風景」でしょう。

擬人化された「死」、トート。
前回、ギリシャの神々とトートの関係について書きましたが、こちらに寄せて考えれば「シシィとの恋愛の成就」。
かたや、トート(死)はあくまでもシシィの心が生み出した幻影であるとすれば「シシィの魂の救済」。

生涯、自由と安息を求め続けたシシィにとって、「死」の腕に抱かれるとはどういうことか?
「涙 笑い 悲しみ 苦しみ 長い旅路の果てに」
生きて、生きて、生き抜いた末に見た「死」の姿。
シシィの目には永遠の安らぎと映ったでしょうか?

* * *

「死」とは何か?
私には分かりません。
未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。

死後の世界を知る者が、この世に誰ひとりいない限り、その描き方は自由。
そして、どう受け止めるかも自由。

ラストシーンは、「トートとシシィの恋愛成就」と「シシィの魂の救済」の折衷でしょう。
これを演劇的に宝塚的に美しくまとめた結果が、光の階段を上昇していくふたりの姿となった。
結果、あろうことか「トート」が天へ昇っているように見えてしまうのですが。

一般に「光の階段」といえば天に続くものです。
しかし、「黄泉」が光あふれる世界であってはならない理由はありません。
先入観として、「黄泉」「冥界」は薄暗く陰気なイメージですが…

トートは「今こそ お前を 黄泉の世界へ迎えよう」と歌い、シシィは「連れて行って 闇の彼方 遠く 自由な魂 安らげる場所へ」と返す。
それならば、シシィにとって安息の地が、闇の彼方のまばゆい世界として描かれても何ら不思議はありません。

演出の記号として、「白い服をまとった登場人物」「ホリゾントいっぱいに流れるスモーク」「光の階段」とくれば、「天に昇った人」「天上界」を指します。

しかし、たとえ「黄泉の国」へ行くとはいえ、トップコンビが「真っ黒い服」で「暗闇」にせり下がっていくのでは、スカッとしません。
ここはどうしたって、荘厳なコーラスを浴び、白い服で光の階段を昇るふたりを見なければ、観客はカタルシスを得られませんね。

よって、トートとシシィの行く先は、シシィにとっての安らぎの世界、光り輝く「黄泉の国」であると結論します。

* * *

これで、宝塚版『エリザベート』に関する3つの疑問(1.「黄泉の国」はどこか? 2.「トート」の正体 3.トートとエリザベートの行く先)の答えはすべて出揃いました。
長らくお付き合いくださり、ありがとうございました。

『エリザベート』の世界をより深く知るため、次はこちらを読んでみたいと思います。
エリザベート 愛と死の輪舞/M・クンツェ、小池修一郎著/角川文庫/ISBN:9784043445011

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「トート(死)」とはなにものか?-珠城トートとギリシャの神々│エリザベート

宝塚版『エリザベート』に関する3つの疑問。
(1)「黄泉の国」とはどこか?
(2)「トート」とはなにものか?
(3)トートとエリザベートはどこへ行くのか?

今回は(2)の「トート」とはなにものか?について書きます。

* * *

(2)「トート」とはなにものか?

今まで10人のトップスターが演じた宝塚版トート。
通常の作品と違い、概念である「死」の役には実体と生活を伴う「人間」には当然備わっているべき情報が一切ありません。
(トートの役作りについて、詳しくはこちら→「父なるトート、母なるトート」圧倒的な力強さと包容力を併せ持つ珠城トート│エリザベート
つまり、いかようにも作り込むことができる。
演じ手の解釈により十死十色のトートが生まれます。

観客も「私は○○さんのトートが好き」。
好みの差こそあれ、優劣・正誤はありません。
ちなみに私は(映像で観たのみの)一路トートの在り方が一番好みです。

「どのトートが好きか」は、その方にとっての「“トート”とはなにものか」の答えでもあります。

今回の月組『エリザベート』のトート(珠城りょう)から受けた印象は「シシィの魂の伴侶」でした。
(詳しくはこちら→珠城りょう×愛希れいか、魂を分け合ったトートとシシィ│エリザベート

それはさておき、観劇しながら絶えず頭の中に浮かんでは消える思いがありました。
すなわち、「“トート”とはなにものか?」

宝塚の舞台で「死」の概念そのものを主役に据えることはできません。
(少なくとも大劇場公演では。バウホールなら可能かも)
したがって、便宜的に「トート」にヒトの形を与えた。

では、トートはどこまで「人間」に近づけてよいものなのか?

超自然的な「死」が、たったひとりの人間に心乱される図が不思議で…
「死」が生き生きと(?)「愛(生)」を謳い上げるのが、いまいちピンとこず。

「死」は静かに迫りくるもの、または激しく奪うものというイメージから抜け出せなかったのですね。
「死」は人間と親しいものではなく、超越するものである。

結局、私がトートという役に対し抱えていた長年のわだかまりは、ここに尽きるように思います。
違和感の一番の原因はトートの「人間らしい感情、ぬくもり」だったのです。

もちろん、トートを演じる生徒さんの熱演は素晴らしい、楽曲も最高、無駄のない筋運びは面白い。
しかし、トートをどう捉えればよいのか自分の中で迷いがあったのです。
作品そのものは楽しみつつも、なんとなく釈然としないまま『エリザベート』の舞台を観ていた私。

* * *

前回の記事で「“黄泉の国”はどこか」と考える内に、もうひとつの考えがひらめきました。

キーワードは、ギリシャ神話。
『新約聖書』の中の「ハデス」という言葉が「黄泉」と訳される場合がある。
「ハデス」はギリシャ神話の冥界神ハデスに由来するものである。
このことから新たな連想が働いたのです。

ご存じの通り、神話の神々はとても人間臭いですね。
(一部の神に限った話ですが)わがまま、嫉妬深い、好色、怒りっぽい、理不尽…
人間の女に横恋慕して騒動を巻き起こしたりして。
子どもの頃は「これが神様??」と思いつつ、児童向けの本を読み進めたものです。

神話の神々は何かに似ています。
そう、トートです。

『エリザベート』における「死(トート)」の在り方に対する疑問が氷解したのは、このとき。
ハデス神がトートに近しいものであった場合、宝塚版『エリザベート』のトートの人間臭さは納得がいく、と。
(ハデスは冥界を統べる神であって、「死」そのものではありませんが)

人間の女(エリザベート)に魅入られたトートが、彼女を手に入れるため積極的に人間界に関与する。
であれば、トートは若々しい美青年の姿をし、感情を露わに人間に迫ってもよいのです。

ギリシャ神話でいえば「レダと白鳥」「エウロペと牡牛」のように、超自然的な存在が姿を変えて人間と恋をする。
そうか、こういう観方をすればよいのか、と腑に落ちました。

さらに進んで、こんな考えもできます。
全能の神は人間の女に近づくため鳥や動物に姿を変えた。
しかし、『エリザベート』の場合、主体は彼女にある。
トート(死/安息/自由/解放)は、エリザベートが欲したから出現した。
その望む姿で。
であればこそ、トートは恐怖を呼び起こすような死神ルックや獣などの姿ではなく美青年の姿として現れた。

シシィの心に共鳴するトート。
するとやはり、珠城トートと愛希シシィは「分身」「鏡像」であるとの結論に落ち着きますね。

黄泉がどーの、ギリシャ神話がどーの、あちこち回り道をしましたが…
どの道筋を通っても、結局同じゴールにたどり着いたことに我ながら驚いています。

もちろん、結論ありきではなく、思い浮かんだことを芋づる式に引き出したら、最終的に同じところに着地したのですが。
山梨側から登っても、静岡側から登っても、富士の頂上はひとつ、という感じでしょうか。

ともあれ、トートに対する疑問「“トート”とはなにものか?」に決着がついて、すっきりしました。

※(3)トートとエリザベートはどこへ行くのか?に続く。

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野口 留香 noctiluca

Author:野口 留香 noctiluca
宝塚歌劇と共にまもなく30年(ブランクあり)。
月組/星組比重高めの全組観劇派。
美丈夫タイプの生徒さんが好み。
宝塚歌劇観劇記録・考察・思い出話・備忘録などをまとめたブログ。
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